【経済産業省/片岸氏】経営と人の戦略に一貫性を。変化に強い企業のあり方-前編-

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大を境に世界は大きく変わりました。いつの時代も予測できない変化が起こる社会において、企業は外部環境の変化にどのように対応するべきなのでしょうか。今回は経済産業省 経済産業政策局の片岸雅啓さんをお迎えし、変化に対応するための人材戦略や企業のあり方を伺っていきます。

前編では新型コロナウィルスの流行をきっかけに見えてきた日本企業の課題と、経営資源である「ヒト」の価値を最大化するための人材戦略の大切さについてお話を伺いました。後編は、 企業におけるDXのあり方とDX推進を担う人材について、主なトピックスとしてあげます。

片岸 雅啓氏

経済産業省 経済産業政策局 産業人材課 課長補佐

2017年東京大学法学部卒業後、同年、経済産業省入省。資源エネルギー庁において、第5次エネルギー基本計画の策定、社会的信頼の回復に向けた原子力政策の再構築、昨今の自然災害の頻発や再生可能エネルギーの拡大等を踏まえたエネルギー供給強靱化法の法令立案に従事。2020年10月より現職。現在は、持続的な企業価値の向上に向けた人的資本経営の社会実装、フリーランスをはじめとした新しい働き方の定着に向けた検討などに携わっている。

新型コロナウイルスの流行により、顕在化していなかった企業の課題が明らかに

―外部環境が大きく、早く変わっていく中で、企業やそこで働く個人はどうあるべきかについて、今日は伺いたいと思います。わかりやすいトピックを挙げると、2020年は新型コロナウイルスの感染拡大などにより、世界がガラリと変化しましたね。

片岸:2020年が大きな変化の境目となったのは間違いないでしょう。リモートワークの導入、職場でのコミュニケーションの減少など、それによって様々な問題が見えてきました。ただし、企業を取り巻く環境の変化として、「コロナ以前」「コロナ後」という言い方をしてしまうのは少し危険だと考えていて、新型コロナウイルスの感染拡大は、元々あった課題を顕在化した、あるいはすでにあった課題を進行させただけ、と表現したほうが正確だと思います。

―新型コロナウイルスの流行が原因ではなく、感染拡大をきっかけに元々あった課題が顕在化したということでしょうか。

片岸:2020年よりもずっと前から、企業とそこで働く人を取り巻く課題は、大きく変化してきました。グローバル化、デジタル化、少子高齢化など。国籍や言語の異なる人とともに価値観を共有しながら働くことや、多様な働き方に対応していくこと、新しく必要になるスキルを確保していくことは、以前から必要とされていたと思います。これらの課題に対し対応しきれていない現実が、2020年の新型コロナウイルス感染拡大によりわかりやすく見えてくるようになったのです。

―これまでも「多様な働き方」は議論されているように見えましたが、いざリモートワークを実施したら自宅で働くことが困難な仕組みのままだった、といったことはわかりやすい事例としてありそうですね。

片岸:そのような課題が顕在化したことに加えて、感染防止の観点から家で過ごす時間が長くなったり、一人で過ごす時間が長くなったりした人もいると思います。そうなると、いま自分が働いている企業に対してだけでなく働くことそのものに対して、改めて考える機会を持つようになった人も多いのではないでしょうか。今の仕事は社会にとってどのように役立っているのだろう。自分は何のために働いているのだろう、と悩む人も中にはいるでしょう。企業は、今まで以上に従業員が自分の仕事の価値をきちんと感じられるようにしなければならなくなりました。

―個人が企業の中で働く意味に疑問を持つ、という課題もあるのですね。それはどのようなことから生まれてきていると考えられますか?

片岸:こちらも、潜在的には以前からあった課題だと思います。企業と個人の間における目的や価値観の共有が、個人のキャリア観の変化や組織の多様化などによって難しくなり、新型コロナウイルスの影響で更に表面化してしまったのではないでしょうか。

―これまでは、企業と個人の価値観が共有できていなくてもよかったのですか?

片岸:正確に言えば、これまでの環境は共有できているつもりになっていた部分もあったのだと思います。出社して同じ空間で仕事をして、仕事以外でも会話をするなど、「場」の共有が頻繁にあります。また、社員にとっては、会社が雇用し続けてくれる、という意識もあったかもしれません。このような「場の共有」「継続的な関係性」で、価値観の共有ができているように感じられていたのだと思います。

―場の共有がなくなって、価値観の共有が不十分なことに気づく企業や個人が増え始めたということですね。

片岸:特にリモートワークという働き方は遠心力が働きやすくなります。明確なメッセージとして発信されている企業としての存在意義や理念があればそれでいいのですが、実は足りなかったのだと、いま気付いている企業も多いのではないでしょうか。言わなくてもわかってくれるだろうと、ある意味企業も従業員もお互い甘えていたのではないかと思います。しかしきちんと言葉にしなければ伝わらないということが分かったのが、2020年だったのだと思います。

人材戦略とは単なる労働力の配置ではない

―2020年に様々な問題が可視化されてとのことですが、その課題の根源はどういったところにあるのでしょうか?

片岸:様々な観点がありますが、経営戦略と、人材戦略を対応させることなく、ここまで来てしまった企業も多いのではないでしょうか。

―具体的にお伺いしたいです。

片岸:「資本主義」における「経営資源」として、主に「ヒト・モノ・カネ」が挙げられますが、有形資産である「モノ」や、「カネ」を中心に企業の戦略が考えられてきたのが、これまでだったと思います。そこで働く「ヒト」は資源として、管理される労働力であり、資本として戦略次第で価値が変わるものだとは考えられにくかった。むしろ、「人件費」という言い方にあるように、コストとしていかにその使用・消費を管理するか、という意味合いの方が強かったですよね。人は資本だから、そこから大きな価値を生み出そう。そういった考えに基づく人事戦略がこれまで行われてこなかったのだと思います。

―「ヒト」という資本から価値を生み出すための人材戦略が考えられる機会がなく、労働力やコストとして「ヒト」を捉えがちだったということでしょうか。

片岸: 例えば、「今年、何人退職したから来年何人採用しよう」であったり、「この部署は人手が足りないから隣の部署から異動してもらおう」であったり。これでは人材戦略というよりも、単なる労働力の配置です。あるいはもっと、慣習的な調整もあります。「そろそろ課長になる年齢だから。」そういった人事異動や人材配置を行っている会社があるのは想像に難くないでしょう。

―たしかにそういった企業も中にはありそうですね。

片岸:こういった慣習的な人事異動や人材配置に基づいて雇用が継続されることは、企業側だけではなく、従業員側にも「悪い安心感」を与えます。

―悪い安心感とはどのような意味でしょうか?

片岸:自分のキャリアは人事部が決めるもの。このまま働き続けていれば、どこかに配属されて、給料ももらえる。そんな考えを持ちやすくなってしまうのです。自らのスキルやキャリアについて、考えなくなりやすいのが、これまでの状況だったのだと思っています。

日本的雇用が悪いわけではない。経営戦略と人材戦略の紐付けを

―なるほど。いわゆる「日本的」というのでしょうか。年功序列や終身雇用の悪い側面が、そういった個人のキャリア観の醸成につながっているのですね。

片岸:誤解を生むかもしれないので、念の為に断っておきたいのですが、年功序列や終身雇用が一概に悪いものだとはまったく考えていません。たとえば、期待されるスキルや能力、ミッションなどが厳密に決まりきっていないことで、変化に柔軟に対応できることもあります。身近な例を言えば、隣の人が大変なときは、自分の仕事じゃなくても手伝う、といったものです。こういったことが、組織レベルで行われることで、不確実性への対応につながることもありますよね。

―良い面、悪い面、両方意識しなければなりませんね。

片岸:また、例えば研究・開発に力を入れる企業の場合、短期的な成果を求められるのではなく、ある程度の報酬やポストが確保された上で、落ち着いて研究・開発に取り組める方が、すぐに結果が出るわけではないプロジェクトに取り組みやすいケースもあるかもしれません。

―なるほど。必要なスキルが明確で、短期的な成果を求められる状況は、時間のかかる研究・開発と相性が悪い場合もあるのですね。

片岸:すこし本筋からは逸れてしまったかもしれませんが、一概に今までの仕組みが悪いことばかりでないことは、強調しておきたい点です。あくまで大切なのは、経営戦略と人材戦略が結びついていること。それがないままに、慣習的な人事を行うことは避けるべきだ、ということですね。

施策実行は、「何のためか」を意識する必要がある

―経営戦略と、人材戦略を結びつけることなく、ここまで来てしまった企業が多い。これが、現在可視化されている様々な変化や課題に対応しづらくなっている背景とのことでした。本来、企業はどうあるべきなのでしょうか?

片岸:本来、企業には経営理念や、その企業のパーパス(存在意義)がありますよね。それらに基づいて経営戦略が決定されていると思いますが、その経営戦略に紐づく形で人材戦略も考えていくことが必要です。すべてがひとつのストーリーとしてつながっていなければなりません。

―経営戦略と人材戦略がつながっていないと、資本としての「ヒト」の価値を最大化できなくなるということでしょうか?

片岸:そのとおりです。経営戦略を、どちらへ舵をきるのか。それにともなって、例えばどのような組織が必要で、そこにはどのようなスキルを持った人が必要なのか。ここは本来、地続きのはずです。

―たしかにそうですね。「年齢的に」とか「人手が必要だから」といった判断ではなく、事業成長のために適切な人を適切な場所に配置することで、事業は成功につながりやすくなりますね。

片岸:人の能力は可視化できないものだから…、と言う方もなかにはいらっしゃるかも知れませんし、難しいのはその通りです。ただ、人材戦略が実効的なものか、定期的に振り返り、改善するためにも、目指すべき方向性と足下とのギャップを可視化していく取組みが必要です。例えば、HRテクノロジー等を活用して、現在の人材のスキル・能力などを把握・蓄積することが考えられます。

―まずは理念、経営戦略、人材戦略に一貫性を持たせるにはどうしたらいいかと考えることからですね。それを考える際に、データも活用すると。

片岸:人材戦略が曖昧なまま、目の前の人事施策だけが導入されていることがよくあります。360度評価を導入しよう、HRテックを活用しよう、など。これは経営戦略に対して適切な人材戦略が検討されていればいいのですが、それがなされないまま、流行の施策に振り回されることは、ぜひ避けていただきたいと思います。

まとめ

柔軟な働き方の実現や企業と個人の価値観の共有など、これまであまり語られることのなかった数多くの課題が表面化した2020年。これらの課題へこれから取り組んで行く際に忘れてはならないのが、経営戦略と、人材戦略を地続きに考えることです。後編では、こういった一貫性を大切にするためにどのように考えれば良いか、企業におけるDXのあり方・DX推進を担う人材について、といったトピックスについても伺っていきます。

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