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人事データを活用した組織づくりに取り組みたいのに、データの収集が思うように進まない。組織づくりにそのような課題を感じている企業も多いのではないでしょうか。
立教大学経営学部の中原淳教授が強調するのは、目的が曖昧なままに「とりあえず」データ収集を行い、人事施策を実行しようとしてもうまくいかないということ。組織づくりにおいて人事データを活用する際のポイントについて伺います。
中原淳氏
立教大学経営学部教授。立教大学大学院経営学研究科リーダーシップ開発コース主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所副所長などを兼任。博士。専門は人材開発論・組織開発論。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。著書に『職場学習論』、『経営学習論』(東京大学出版会)、『サーベイ・フィードバック入門―「データと対話」で職場を変える技術 【これからの組織開発の教科書】』(PHP研究所)など。
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勘と経験から理論とデータの人事へ
―組織開発や人材開発において、人事データを活用していくことの重要性が注目されています。今回は、人事におけるデータ活用について、重要となるポイントをお伺いしたいです。
中原:わかりました。私の感覚ですが、20年前と現在を比較すると、組織や個人の人材開発に対する考え方は大きく変わったと感じます。特に、直近5年の変化は大きいですね。
―どのように変化したと感じられていますか?
中原:20年前、企業における人事の領域は、今よりもずっと「勘と経験」の世界でした。「キャリアの長い人が言うから」「立場がある人が言うから」といったように、誰かの意見に流されて人材の配置が決まり、組織がつくられていることがほとんどだったのではないでしょうか。また、社員の家族構成まで知り抜くような人事パーソンも、かつてはよくいたと聞いています。
―中原教授は、そういった状況に20年前から疑問を持たれていたのですね。
中原:ええ。直感・感覚は重要なのですが、それは当たり外れが大きい。直感・感覚だけに頼るのではなく、理論と定量的なデータにもとづいた人事を行うべきだと考えていました。そうしないと、本当に組織において改善すべきことが見えなくなってしまいます。
例えば、新入社員の4割が退職してしまうという問題を抱える企業があるとします。感覚だけで判断すれば「最近の若者は、こらえ性がない、だからすぐ退職してしまう」といった結論になってしまう。20年前は、このような判断が当たり前のように行われていました。
しかし丁寧に分析をすれば、退職者の退職理由とその組織のマネジメントには何らかの関連がみつかる可能性が高い。退職の要因を退職者だけではなく組織にも見出すことで、次へ向けて改善をはかることができます。だからこそ、データを活用した職場づくり・組織づくりを、この20年間ずっと提唱しつづけてきました。
―感覚だけではなく数字を根拠に判断しよう、ということですね。
中原:単純に、数字や根拠があったほうが社内にも伝えやすいと考えたことも大きいかもしれませんね。たかが数字、されど数字なのです。そこに信頼をおく人は少なくありません。私は当時から企業と関わる仕事をしていましたが、「そのやり方じゃダメだよ」と言ったところで、人事や現場のマネージャーには伝わりません。むしろ、外部からアドバイスをする立場の私への反発の気持ちが生まれるだけでした。
―現場を知らない外部の人間に何がわかるんだ、といった反応でしょうか。
中原:そのとおりです。数字やデータをお見せして、課題はここにあり、その根拠はこうであり、改善すべき点はここです、と誰が見てもわかるものになっていれば、現場の納得感もあるのではと考えていました。
理論、数字、そして心理
―データを提示することで、その重要性が徐々に伝わり、多くの企業が人事データの活用を実践しはじめたのでしょうか。
中原:いいえ、まだ発展の途上にあるのではないでしょうか。
―発展の途上ですか?
中原:まず多くの組織では、データがばらばらな部署、ばらばらのデータベースに格納されていて、すぐに取り出したり、分析したりすることができない状況になっています。まず、これは越えるべき壁のひとつですね。
また、データがあるだけでもダメなのです。データを使って組織づくりに活かすとは、データを受け取る人に「わかりやすい」形でデータを加工し、見せていくことです。そのうえで、話し合いの機会をつくり、これらによって、相手に「これならばやってみよう」と思ってもらうことです。
そのためには相手の気持ちを汲みとり、相手の状況を理解し、相手に寄り添って一緒に組織課題の解決に向けて、改善施策を考えていく姿勢を持たなければなりません。理論や数字は大切ですが、それだけで人は動かない。人の心理まで考えることが重要です。
―なるほど。人に動いてもらうための工夫も含めて、組織における人事データ活用のあり方を模索されてきたのですね。
中原:そうですね、過去20年くらいにわたって、数字にはこだわってきました。事業戦略の領域では数字にもとづいた意思決定が当たり前に行われているのに、人事戦略や組織戦略の意思決定には数字を使わないのはおかしいと思っていたんです。
最近は、情報環境やテクノロジーの発達によって、人事データの収集・分析が効率化し、データ活用がしやすくなりましたね。さまざまな要因により、人事領域や組織開発におけるデータ活用への視線は変化してきたと感じます。
・入社手続きの効率化
・1on1 の質の向上
・従業員情報の一元管理
・組織課題の可視化
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目的のない従業員サーベイは、意味のない数字の羅列となるだけ
―20年前よりも人事の意思決定にデータを活用しようとする企業は非常に増えたというお話を伺いました。現在では、多くの企業が人事データ活用を実践できていると思われますか?
中原:増えましたが、まだフル活用にはほど遠いと思います。実際は、多くの企業が人事データを活用できていないのが現状ではないでしょうか。従業員体験や従業員満足度が重要だと言われるから、とりあえず従業員サーベイを実施する。実施したはいいが、結果は放置されている。そのような企業が多いのではないかと懸念しています。
―どういったことが、その背景にあるのでしょうか?
中原:まず、「何のために」従業員サーベイを実施してデータを集めるのか。目的を持たずに動きはじめてしまっている人事部門が非常に多いと感じています。もっと言えば、従業員サーベイそのものが目的化してしまっているのです。「今の時代は当たり前だと言われるから、従業員サーベイをやらなきゃ。」「人事システムを導入したら従業員サーベイ機能もあったから、やってみる」といったものです。
―たしかに、従業員サーベイによってデータを取得する目的がなければ、その結果の活用も難しいですね。
中原:目的がない。活用できていない。そうするとどうなるか。誰も関心を持たないデータだけができあがることになります。経営会議で従業員サーベイの結果がまとめられたものがただ報告されるだけ。従業員向けにイントラに掲載されるだけ。この状態で経営層に何かメッセージが伝わるでしょうか? 従業員がみずからの組織を変えることにつながるでしょうか? きっと難しいですよね。
―経営層としても、データをただ出されただけでは、人事がそこから組織をどうしたいかが見えないですよね。
中原:さらに悪いケースとしては、経営層が従業員サーベイを実施することの重要性を理解していなければ、せっかく従業員サーベイを実施してもそこに集まるデータの質を担保することができません。
―どういうことですか?
中原:経営層が従業員サーベイの重要性をわからない。理解していたとしても自分の言葉でその重要性を伝えない。ならば当然、現場のマネージャーや従業員にも、その大切さは伝わりません。このような状態で従業員サーベイを実施すると、「なんだかよくわからないから、適当に答えておこう」となる人も現れます。
―日々の業務で忙しい中、「よくわからないアンケート」を頼まれたら、たしかに「適当に」答えてしまうかもしれませんね。
中原:実際に私が企業のサーベイデータを見ていても、起こっていることだと感じます。他の人の1/10以下の時間で、あまり設問に対して真摯に答えていると思われない回答が、ひどいときには全体の3割を超えていることもある。これは組織改善に活用できるデータとは言い難いです。従業員サーベイの重要性も伝わっておらず、その状態に慣れてしまっていることが表れているでしょう。
人事データ収集は、目的を持ち、その重要性を伝えよ
―データをうまく集められていない企業は、何を変えていくべきなのでしょうか?
中原:明確に、やるべきことは2つです。1つ目は、人事部門が人事データ活用の目的を明確に持つこと。2つ目に、その重要性を組織へ伝えていくことです。
―では1つ目の、人事部門がデータ活用の目的を明確に持つことについて、具体的に教えてください。
中原:大前提として、経営にインパクトを与えるために組織を変えるのだという意識を、人事は持たなければなりません。経営をより良くするために、組織を変える。組織を変えるために、人事データを活用するのです。データを集めることを目的にしてはいけません。だから経営に携わる立場として、人事が意見や意志を持つ必要があるのです。組織の何を、どう変えたいのか。経営層にどのような課題を提起したいのか。そのために人事データを集めるのです。
―先に人事としての課題や仮説などがあって、それを裏づけるためにデータを用いるということですね。
中原:そうです。私が企業の人事担当者とやりとりをしていると、データを収集すれば自動的に組織課題がわかるのではと期待している人がいますが、それは間違いです。あるいは「この結果から、弊社の組織にはどのような課題があると言えるのでしょうか」と聞かれることもありますが、これも違います。
どのような事業、どのような組織を目指しているかによって、そのデータから読み取れる課題は変わるのです。自分たちのありたい姿がない中でデータを集めたとしても、それはただの数字にすぎず、そこに意味は生まれません。人事が事業や経営について知り、考える。そして組織がどうあるべきか考えることから、始めるべきなのです。
―なるほど。2つ目の、データ活用の重要性を組織へ伝えていくことの方はどうでしょうか。
中原:データ活用が何のためのもので、それには従業員一人ひとりの協力が必要不可欠であり、協力することは結果として従業員にもメリットがあると、経営層にも従業員にも丁寧に伝えていくことです。
―それは、正しいデータを集めるためにも重要ですね。
中原:そうですね。この従業員サーベイは信頼できる、サーベイに協力することで、自分の組織が良くなると感じて協力してもらうことが大切です。そして、それを伝える際には、「誰が伝えるか」も重要なポイントです。
―誰が伝えるのがいいのでしょう。
中原:理想を言えば、企業のトップからみずからの言葉で伝えてもらうことです。自分たちのありたい姿と、その姿に向けた人事データ活用の重要性、そして協力してくれる従業員へ感謝の意を。人事が経営に対して、組織課題を解決することで経営に与えるインパクトを明確に示すことができれば、きっと経営者も動いてくれるでしょう。人事担当者が全社へ呼びかけるよりも、経営者が全社に呼びかけるときの方が、ずっとよい成果が期待できるはずです。
モノやカネ以上に、「ヒト」の価値が事業を左右する
―人事データを活用していくためには、人事部門が、組織課題の解決によって経営に対してどのようなインパクトを与えたいのか。明確に考えを持つことの重要性について伺いました。
中原:そうですね。繰り返しになりますが、人事データを収集すれば自社の課題がわかるだろう、とボンヤリと始めてしまうことはおすすめしません。組織の未来や課題に対し人事としての意見を持ち、それらを実践するためのデータとすることが重要です。もっと本質的な話をすれば、「ヒト」の価値は高められるのだと、あらためて人事部門は認識する必要があるでしょうね。
―「ヒト」の価値は高められる、とは。どういったことですか。
中原:経営学的には、「ヒト」は経営資源の1つです。経営資源の価値は、高めることもできるし、そのままだと下がっていくこともある。同じ経営資源であるモノやカネとは異なる「ヒト」のおもしろい点は、モノやカネは、今日1.000円だったものが明日突然1万円になっていることはありませんよね。しかし「ヒト」は、今日1.000円分の価値を生み出した人が、モチベーション次第では明日1万円分の価値を生み出すこともあり得ます。
ーモノやカネは価値が変わりにくいけれど、「ヒト」はすぐ変わり得るということですね。
中原:卑近な例ですが、私の研究室に、誰が見てもハイパフォーマーな学生がいました。ゼミでの発言やレポートを見ても、群を抜いている。ところがあるとき、ゼミに出席しても何も発言せず、明らかにやる気のない、何もできそうにない日がありました。理由を聞けば、「昨日恋人に振られました」と。 「ヒト」のパフォーマンスは、そういうことで、大きく変化するのです。
―その人のモチベーション次第でパフォーマンスは大きく変わるという、わかりやすい例ですね。
中原:そうですよね。モチベーション次第で、「ヒト」は変わるし、逆に、変えることができると捉えてほしいのです。働く環境やマネジメントが変われば、従業員のモチベーションやパフォーマンスは変えられる。ならばそこに投資して伸ばしていくのは当然ですよね。
だから企業は組織の現状を正しく、深く知る必要があるし、組織をより良く変えなければならない。組織を変えれば事業の成果が大きく変わるのです。組織を変えることで、従業員がさらなる価値を発揮してくれるのだと信じることを、そもそも忘れてはなりません。
―ある意味、そこは信じて覚悟を決める部分かもしれないですね。
中原:経営に関わることなのですから、それ相応の覚悟が必要です。企業に依頼されて人事データ分析を行うと、人事担当者が驚かれるような結果が出ることがあります。想定以上に従業員のモチベーションが低い、といったことですね。
しかし、言ってしまえば、組織の状況は、すぐに変わるものではありません。悪い結果は、長い時間をかけて悪い環境が生み出した結果です。長い時間をかけてできあがった環境は、すぐに変わらないのは当たり前。すぐには変わらないけど変えていくと、覚悟を決めて取り組まなければならないのが、組織づくりなのではないでしょうか。
まとめ
人事データ活用が思ったように進まない企業の特徴として、目的を持たずにデータ収集だけを始めてしまうこと、経営層をはじめ、現場のマネージャーや従業員にその重要性を伝えられていないことことなどが挙げられていました。必要なのは、組織づくりにおけるデータ活用の目的や重要性を人事部門が理解し、意思を持って社内へ伝えていくことです。後編では、組織づくりにおける「対話」の大切さについても詳しく取り上げていきます。