新卒社員が職場でスムーズに適応し、成長するために必要なスキルのひとつに「アサーティブネス」があります。新卒社員には、自己主張をはじめとしたコミュニケーション力が求められているでしょう。
本記事では東洋英和女学院大学の渡部麻美先生に、アサーティブネスの重要性や、企業で研修を実施する際のポイントについて伺いました。

プロフィール
渡部 麻美
東洋英和女学院大学人間科学部 教授
職場の生産性を高める「アサーティブネス」
── そもそも「アサーティブネス」とは何ですか。
アサーティブネスは、自分の考えや気持ちを表現する「自己表現」のひとつです。
ただし、自分の都合や感情、意思だけを優先するのではなく、相手の気持ちや権利も尊重しながら伝えることが特徴です。
自己表現そのものをアサーティブネスと定義している場合もありますし、自己表現をするための能力やスキルを指すこともあります。
大学生をはじめ、若い世代では「自己表現」に対して消極的な傾向があります。
相手と意見が違っても対立する状況を回避しているため、そもそも意見がぶつかる経験自体がほとんどない人もいます。
この傾向は1990年前後にはすでに指摘されていて、対立そのものをないことにしたい、または伝えること自体が「よくないこと」だと思われています。そのため「意見を伝えることは必要なスキルだ」と伝えると、意外だと感じる人も少なくありません。
── 職場でアサーティブネスが重要となる理由を教えていただけますか。
職場内でのコミュニケーションを活性化させるためにも、アサーティブネスは必要な要素だと思います。特に、さまざまな背景を持つ人が集まる職場では、集団としてうまく機能するためにも、コミュニケーションを円滑にする工夫が必要です。
今のように意見が言いにくい状況が続くと、現状維持はできるかもしれませんが、大きな社会的変革があった場合、それを乗り越えるためのアイディアが出にくいと感じます。
また、誰かが新しい意見を出しても同調するだけだったり、役職者の意見に反論せず、ただ流されてしまったりすることが出てくるのではないかと考えます。
「ちょっとこれはおかしいな?」「これは間違っているんじゃないか?」と思っていても、それを指摘せず現状維持を続けてしまうと、重大なミスが放置され、やがて大きな問題に発展してしまう可能性があるでしょう。
このような問題を解決するために、正しく自分の意見を伝える「アサーティブなコミュニケーションスキル」を早い段階から身につけることが大切です。若い世代が少しのことでも発言できる環境を作ることが重要だと思います。
アサーティブネス研修を導入するためには
── 企業がアサーティブネス研修を導入する場合、どのような内容を取り入れるのがよいのでしょうか。
アサーティブネスのトレーニングでは、日常的な行動を3種類に分類する訓練がよく行われます。
- アサーティブ
- ノン・アサーティブ
- アグレッシブ
まず1つ目は「アサーティブ」です。これは、自分の意見をしっかり伝えつつ、相手への配慮も忘れないコミュニケーションになります。
2つ目は「ノン・アサーティブ」です。例えば、自分の意見があっても周囲に合わせることがこれにあたります。
3つ目は「アグレッシブ」です。相手への配慮を欠いたまま、自分の主張を押し通すようなコミュニケーションのことをいいます。
この3つのパターンを理解し、自分が普段どのタイプに当てはまりやすいかを振り返ることが、アサーティブネスの研修では一般的に行われます。
── アサーティブネス研修を実施するために、事前に企業はどのようなことを理解しておくべきでしょうか。
「考え方の違いが間違いではないこと」を理解しておく必要があります。「違っているのが当然である」というところが、アサーティブネスの考え方のベースです。
意見が違うことを消そうとするのではなく、違っている状態のままお互いに折り合いをつけて、一緒に仕事をしていく方向に持っていくことが重要です。そのため、研修ではまず「お互い全員が別々の考え方をしている」ことに気づく場にするのがよいと思います。
研修の最終的なゴールとしては、提案という形で自分の意見を言えるのがよいと考えています。「絶対こうすべきだ」という主張ではなく、「こういう考え方もあると思います」「自分はこう考えていますが、あなたはどうですか?」と言えるイメージです。
押し付けにならずに、ひとつの選択肢として、素直に自分の主張を伝えられるようになるとよいと思います。
── 人事担当者がアサーティブネス研修を導入する際に、注意すべきポイントはありますか?
アサーティブネス研修を実施する前に、研修の対象者たちがどのような行動をしやすいのかをある程度リサーチするのがよいでしょう。
行動パターンを理解し、それが問題につながる可能性があることまで把握できれば、トレーニングを行う前に、特に注意すべき考え方に焦点を当てられます。また、同じ場面で取れる別の選択肢を取り入れることもできるので、研修内容を工夫できます。
アサーティブネスのトレーニングの中ではロールプレイを実施することが多いので、研修の対象者たちが直面しそうな場面を、より具体的に設定するのがおすすめです。
新卒などの若い世代を対象とする場合、例えば少し上の立場の人に反対意見を伝える、あるいは「できません」「わかりません」と伝える場面を経験することも重要だと考えます。
新卒の方は、基本的には自分より経験豊富な人ばかりなので、上の立場の人に対して相対することや、自分の限界を正直に伝えることに抵抗を感じることが多いでしょう。
一方で、本当はできないし自信がないのに、断れずにやらざるを得なかった結果、大きな失敗につながることもあります。
心に余裕をもたらすアサーティブネス研修の効果
── アサーティブネス研修の導入事例はありますか。
対象者に関してはさまざまで、実践研究が多いのは看護師ですね。看護師さんがアサーショントレーニングを受けるという事例の研究がすごく多いです。
また、介護士などの福祉系、CA、学校の先生のような、対人職に向けて導入されている印象です。さまざまな業種が集まってチームで仕事をする環境や業界で、多く活用されていると思います。
── アサーティブネス研修を実施することで、どのような効果があるのでしょうか。
効果が維持されているものを見ると、トレーニングの中で認知的な内容、いわゆる「考え方」を扱っているトレーニングは効果が維持されやすいことがわかっています。
例えば「自分は誰からも好かれなければいけない」と、完璧を求める傾向があることに気づけます。自分の考え方の癖をトレーニングの中で気づくことで、別の考え方に置き換えられないか? という視点を養えます。
あとは、他者との考え方の違いに気づく効果もあると思います。例えば、同じできごとを経験してもすごく落ち込む人もいれば、全然平気な人もいます。
ひとつのできごとに対する捉え方や思考の仕方の癖がわかることで、トレーニングが終わった後でもある程度意識しやすくなり、その考え方に基づいて行動する傾向です。その結果、実際に表面に出てくる行動や発言も変わってきやすいと思います。
── 実際にアサーティブネス研修を受けた人の声を聞くと、どのような変化があると感じますか。
ガラッと劇的に変わるというよりは「これを言ってもいいんだ」「こんな選択肢もあるんだ」と気づくことで、選択肢が増えたり、心の余裕ができたりするイメージです。
研修で「アサーティブな反応はこうあるべき」と思って、それを唯一の正解として実践しようとすると、考え方に偏りが出てしまう可能性があります。
それよりも「こういうのもあるんだ」と、選択肢として捉えてもらえるほうが、研修の効果が持続しやすかったり、社員の長期的なメンタルヘルスにもよい影響を与えたりする印象です。
納得感のある評価を効率的に行うための仕組みを整備し、従業員の育成や定着率の向上に効果的な機能を多数搭載
・360°フィードバック
・1on1レポート/支援
・目標・評価管理
・従業員データベース など
学んだら終わりではない「アサーティブネス研修」
── 企業の人事担当者へ向けてメッセージをお願いします。
考え方に違いがあることを避けずに向き合ってほしいと思います。違いを受け入れて折り合いをつけるのは、時間も労力もかかります。大勢の違いを考慮しながら妥協点を見つけていくのは、簡単なものではありません。
しかし、表面的なコミュニケーションだけでは、先行きが不透明な時代に企業が生き抜くのは難しいのではないでしょうか。
新しいアイディアは、考え方の違いから生まれると思います。そのため、違いを受け入れ、お互いにコミュニケーションできるような環境を作ることが大切です。
アサーティブネスは「一度学んだら終わる」というものではなく、長期間意識しないと忘れてしまいます。研修を実施するほどでなくても、日常の中で「今、自分の周囲の同僚とのコミュニケーションはどうだろう?」と振り返る機会を持つとよいでしょう。
例えば、定期的にチェックリストを活用したり、普段の生活の中で違和感に気づいたりする機会があることで、自分のコミュニケーションの状態を把握できます。
コミュニケーションがうまくいっていないと、知らず知らずの内にストレスや不安が募り、気づけば攻撃的になってしまうこともあります。なかなか難しいとは思いますが、つらいときはちょっと立ち止まって、振り返って考える機会を作ることが大切です。