2020年11月10日(火)に第12回のHR SUCCESS Online「前進し続ける組織のつくり方―グッドパッチ社がたどった、IPOまでの軌跡―」が開催されました。HR SUCCESS Onlineは、HR領域において先進的な取り組みをされている企業の経営者や人事担当者をゲストにお迎えし、「人材開発」「組織開発」における課題解決に役立つ情報をお届けしています。
今回は前編として、グッドパッチ社がIPOを志した背景や組織づくりへの考え方、IPO実現までの理想と現実のギャップなどについて詳しくまとめたものをお送りします。
土屋尚史氏
株式会社グッドパッチ
代表取締役社長 / CEO
2011年9月に株式会社グッドパッチを設立。「デザインの力を証明する」というミッションを掲げ、さまざまな企業の事業戦略からUI/UXまでを支援し、企業価値の向上に貢献。ベルリン、ミュンヘンにもオフィスを構え、世界で200名以上のデザイナーを抱える。2020年6月、デザイン会社として初の東証マザーズ上場。
・入社手続きの効率化
・1on1 の質の向上
・従業員情報の一元管理
・組織課題の可視化
茂野明彦
株式会社ビズリーチ
HRMOS事業部
インサイドセールス部部長
大手インテリア商社を経て、2012年、外資系IT企業に入社。グローバルで初のインサイドセールス(IS)企画トレーニング部門の立ち上げに携わる。2016年、ビズリーチ入社。インサイドセールス部門の立ち上げ、ビジネスマーケティング部部長を経て、現在はHRMOS事業部インサイドセールス部部長を務める
グッドパッチがIPOを志したきっかけ
茂野: まずは簡単に自己紹介とグッドパッチのご紹介をお願いします。
土屋:グッドパッチは2011年9月に立ち上げたデザイン会社で、一般的なグラフィックや広告のデザインではなく、ソフトウエアやデジタル領域のUI/UXに強みを持ったデザイン会社です。現在は東京とベルリンとミュンヘンにオフィスを構えており、200名以上のデザイナーが所属しているデザイン会社で今年の6月にデザイン会社としては初の東証マザーズ上場を果たしました。
茂野: ありがとうございます。早速トークセッションの方に入っていきたいと思います。まずは、このたびはマザーズ上場おめでとうございます。会社設立からIPOを目指したきっかけをまずはお伺いさせてください。
土屋: 元々、2011年の9月に起業したときは、将来IPOをすることをまったく考えてはいませんでした。僕自身は起業するまで特別なトラックレコードがある人間でもなかったので、起業の段階で、そこまで成功をイメージしていたわけではなかったですね。それでも、心の底では何かチャンスをつかんだら大きく挑戦しようという野心を持ちながら経営を行ってきました。IPOを志したきっかけの1つは、2013年末に、デジタルガレージから1億円の資金調達をしたことです。調達を行った背景は、単純に資金が尽きてしまったというのが一番大きかったです。当時、20名近くの従業員を抱えていたのですが、2期目の決算が終わった段階で会社の資金がキャッシュアウトしかけるという状況になりました。その際に、今の監査役と資金調達の話になり、僕は当然のように借り入れをしようと思いました。ただ、当時の売上は1億円程度で、その売上だと2,000万円ぐらいしか借り入れができないことがわかりました。売上の大部分を当時は大企業に依存していたこともあり、2,000万円では事業継続が少し厳しいのではないかと考えました。そこで、資金調達を検討することになり、デジタルガレージという会社に話を伺うことになりました。それまで資金調達をしたことがなかったので、いわゆるピッチ資料も、事業計画もなかったのですが、起業のストーリーやこれからやりたいことをプレゼンテーションして出資していただくことができました。出資をしてもらうと、すなわちIPOか、売却を考えないといけなくなるのですがその時点ではあまり細かくは考えていなかったですね。
出資をしてもらった後、会社が30名を超える組織になり、ビジョン・ミッションを言語化するタイミングだと思い、自分は何をやりたいのか、このグッドパッチという会社は社会にとってどういう存在にならなければいけないのかを数カ月間、自問自答しました。当時グッドパッチに集まってくれていた従業員は、デザインが大好きでデザインの力を信じている人たちでした。ただし、社外に目を向けると社会はまだまだデザインに対して大きな誤解をしており、デザイナーの価値もそこまで高くなかった。日本はこれから人口減少社会へと進んでいくなかで、国の成長を維持するためには、生産性を上げたり付加価値を作り出したりするクリエイティブな仕事を生み出していく必要があります。その際に、デザインは重要な役割を果たすはずです。それにもかかわらず、その重要な役割を担うデザイナーの平均年収は当時約400万円。その400万円のマーケットに優秀な人たちが入ってくるわけがないので、デザインそのものの価値を押し上げて、デザイナーになりたい人を増やすということがグッドパッチの使命だと考えるようになりました。そこで生まれたミッションが「デザインの力を証明する」です。もし仮にグッドパッチという会社がM&Aをされて、そのミッションを完遂できなくなる可能性を考えたときに、それによってこのミッションをあきらめることがあってはいけないと思いました。特にデザインマーケットのなかでもUI/UX領域に過去にないような大きな波がきていたこともあり、その波の先頭に図らずも乗ったからには、波に乗った責任があるはずです。もし途中であきらめてしまえば、同じようなミッションを掲げるようなデザイン会社は一切出てこなくなってしまいます。
そのような思いから、売却も選択肢から外す決意をし、今から6年ほど前に「デザイン会社として初のIPOを達成する」という目標にフォーカスしてきました。
茂野: ありがとうございます。デザインとデザイナーの環境を変えたいという強い思いと、時流もあったのでここで降りてはいけないという強い意志のもと、IPOを意識してこられたということですね。
土屋: 大きくなっていくスタートアップ企業には、産業を成長させるという視座で事業を興されている方が多いように感じています。一方で、デザイン会社・デザイン業界では良いものをつくることそのものが目的になってしまう会社が多いんですよね。だからこそ、僕らは業界や産業自体を大きくしていくという視座を持っていたということが、同業他社との大きな違いだったと思っています。
ビジョンとミッションの違い、その重要性
茂野: そのような視座のもと、組織を大きくしていくうえで、土屋さんの組織に対するお考えを伺いたいです。土屋さんのなかで、ビジョンとミッションの違いはどのように定義されていますか?
土屋: 会社によって、VMV(ビジョン、ミッション、バリュー)なのか、MVV(ミッション、ビジョン、バリュー)なのか、といった議論になりますが、僕はどちらでもいいと思っていますし、ミッションだけしかない会社、ビジョンしかない会社があっていいと思います。グッドパッチにはビジョンとミッションがありますが、ビジョンが「ハートを揺さぶるデザインで世界を前進させる」で、ミッションが「デザインの力を証明する」です。この2つの言葉は、実は刺さる層が違っていおり、例えば新卒入社の方々にはどちらかというとビジョンが刺さります。そして、中途入社の方々にはミッションが刺さります。「デザインの力を証明する」というミッションは、証明されていないという状況を知っている人でなければ共感できないですよね。グッドパッチに中途採用で入社する人たちは、事業会社や制作会社で、デザインの力が信じられていないという状況を経験しています。価値のあるデザインが信じられていない状況を目の当たりにしたうえで、それをミッションとして掲げているグッドパッチに共感して入社します。「デザインの力を証明する」というのはある意味、マイナスをゼロにするというようなイメージが強いです。一方で、ビジョンである「ハートを揺さぶるデザインで世界を前進させる」はゼロをプラス1以上に持っていくイメージなんでしょうね。
なので、ビジョンは自分たちがこうありたい、こうなりたいという世界や未来であり、ミッションは、誰かのためにやらなければいけないこと、という言語化をしています。
茂野: ビジョン・ミッションがない状態から、組織が30名ぐらいになったときに作らなければと思ったとおっしゃっていたのですが、そのタイミングビジョン・ミッションが必要だった理由について教えてください。
土屋: 20名ぐらいまでは社長の人間力で組織を引っ張っていくことができます。もちろんそれも長くは続かないのですが、ある程度コミュニケーションをとれて、社長の言葉から、会社のミッションや方向性を理解することができます。
30名以上の規模になってくると、社長とのコミュニケーションがなかなかとれなくなり始める時期なので、全社で共通の言語を持つことが重要になります。事業の目的を明確にするためにビジョン・ミッションは必要なんだと思います。
グッドパッチの組織づくりにおける考え方
茂野: 土屋さんが組織づくりにおいて考えていらっしゃることを伺いたいです。
土屋: 僕は元々どちらかというと組織に興味のあるタイプの経営者で、組織や文化が重要だと思っていましたが、なかにはそうではない経営者もいらっしゃいますよね。おそらく今日参加いただいている人事の方々のなかには、同じように感じている人もいらっしゃると思います。事業が第一やプロダクトが第一など、もちろんすべて重要ですが、事業と組織は両輪です。グッドパッチには、「偉大なプロダクトは偉大なチームから生まれる」という言葉があり、事業は残念ながら、タイミングや、そのほかのいろいろな要素が重なって急激に成長することもあります。そこには、ほとんど再現性がありません。一方で、組織は事業と違い、再現性を持たせやすいものです。なぜなら、プロダクトや事業にはライフサイクルがあり、未来永劫その事業だけで会社が存続できるということはほぼありません。良い事業を生み出すことができ、それを成長させていく組織の土台があればその会社は継続的に成長していくことができます。組織をおざなりにしてしまうと、その事業がうまくいかなくなったときに会社が大崩れしてしまうということも起こります。会社を継続的に成長させていきたい経営者の方は確実に組織づくりに力を入れなければいけないと思います。
IPO実現までの理想と現実のギャップ
茂野: IPOを目指す際に、現状と理想には少なからずギャップがあったと思います。例えば、人が足りない、必要な制度が整っていないなど。当時みつけたそのギャップと、その乗り越え方について教えてください。
土屋: はじめはギャップばかりでしたね。僕は組織に元々興味がある人間でしたし、文化もすごく重要だと思っていたのですが、それでも間違えてしまっていた点があります。
最初の間違いは、自分たちは特別であると思いすぎてしまっていた点です。デザイン会社はクリエイターやデザイナー、エンジニアが多い組織なので、他業界の一般的な組織の論理にあてはめることができないと思っていました。なので、中間マネジメントを設けることを躊躇した時期がありました。僕とメンバーの間に誰かが入ることによって、僕の意見がねじ曲がって伝わってしまうのが嫌だと潜在的に思っていました。従業員数が50名になった段階で経営者の僕1人に対して誰もマネージャーがおらず、従業員50名全員がフラットというややいびつな組織になっていました。社長の声が届かなくなるのが20~30名という話を先ほどしましたが、本来であれば、この段階で社長の言葉を翻訳できる中間マネジメントを間に入れてないと組織がうまくいかなくなります。50名の組織であれば、少なくとも4名はマネージャーをおくべきだったと思います。
また、ビジョン・ミッションは言語化したものの、組織の価値観であるバリューや行動指針の言語化ができていないまま、事業の成長を優先させてしまった点も失敗のポイントです。組織が50名の段階で、採用を一度ストップしてでも組織を固めにいけばよかったのかもしれません。おそらくPMF(プロダクトマーケットフィット)している状況だったと思います。プロダクトであれば、適切な広告費をかければ比例して事業もスケールしていくと思いますが、グッドパッチの場合はデザイナーが増えないと事業がのびないという構造なので、50名の組織が1年後には100名の組織になっていました。
なかにはそういった成長の仕方をするスタートアップ企業もあると思いますが、グッドパッチの場合は、組織が50名になるまでマネジメントをやりたい人を1人も採用しなかったことと、デザイナーやエンジニアにとってキャリアアップの通過点にマネージャーという選択肢がないことにより、非常に苦労しました。組織が100名から150名になったときに、マネージャーを6名ほど内部登用し、将来的に役員にしたいと思っていた人たちをまだ入社して間もない段階で、一気に取締役に登用するという失敗をしてしまいました。取締役が4名一気に増え、マネージャーも6名になったことにより、組織の形はできたのですが、しっかりと心づもりができている人たちを登用したわけではなかったことと、組織の共通言語としてどういう人を採用していくか、どういうふうに育成していくかといったコアとなる価値観が言語化されていない状態だったこともあり、結果的に1年後には内部登用したマネージャーが全員退職してしまい、そこから2年半かけて当時の役員も全員辞めていってしまいました。
茂野: 人や階層の構造的な問題が大きく、その後も長く影響が残ってしまったということですかね。
土屋: その「構造にする」、ということをもう少し早めにやらなければいけなかったと思います。また、社長の意図をわかりやすく翻訳してメンバーに伝えられるような中間マネジメント層が育っていないのにもかかわらず、組織を急拡大させてしまったことも大きな問題でした。
茂野: もし起業した当時に戻れるとしたら、組織が何人ぐらいになったときに、マネジメントの採用や育成を考えはじめますか?
土屋: 20名ぐらいまでは1人でやった方が良いと思います。個人的な意見ですが、20名を自分の言葉でマネジメントできなければ、経営者としてのリーダーシップに疑いがあるように思います。僕の場合は、普通は社長が50名の組織をみることはできないし、みてはいけないのですが、一見問題なく経営できていると思っていました。
セミナーレポート後半では、
- IPO実現までにむかえた、人事評価制度の変化
- 「社員から信頼される経営層」とは
- 組織を支えるミドルマネジメントに期待すること
について詳しくお伺いしていきます。
※各種データや肩書はイベント実施時点のものです