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2020年8月19日(水)に第7回のHR SUCCESS Online「パナソニック社が実践する採用成功と従業員活躍をつなぐエンゲージメント戦略とは」が開催されました。HR SUCCESS Onlineは、HR領域において先進的な取り組みをされている企業の経営者や人事担当者をゲストにお迎えし、「人材開発」「組織開発」における課題解決に役立つ情報をお届けしています。
第7回は、HR領域におけるデータ活用をテーマにパナソニック株式会社の杉山氏をお招きし、エンプロイヤーブランディングにおける課題設定や施策実行に至るまでの取り組みや検証方法、経営戦略との接続方法についてお話しいただきました。
今回は前編として、パナソニックで実践されているエンプロイヤーブランディングについて、取り組み始めたきっかけや、その背景となった採用における課題、消費者向けのブランディングとの共通点をまとめたものをお送りします。
杉山秀樹氏
パナソニック株式会社
リクルート&キャリアクリエイトセンター 企画部
採用ブランディング・PeopleAnalytics課 課長
慶応SFC卒。ベンチャーでマーケティング、PR、IR、経営企画を経てHRを立ち上げ、組織戦略、ブランディングをリード。その後、メガベンチャーに移りHR・PRチームを立ち上げ、責任者を務める。子供を授かったことを契機に、パナソニックの「A Better Life,A Better World」に共感し2016年に同社入社。エンプロイヤーブランディングに従事。
・入社手続きの効率化
・1on1 の質の向上
・従業員情報の一元管理
・組織課題の可視化
茂野明彦
株式会社ビズリーチ
HRMOS事業部
インサイドセールス部 部長
大手インテリア商社を経て、2012年、外資系IT企業に入社。グローバルで初のインサイドセールス(IS)企画トレーニング部門の立ち上げに携わる。2016年、ビズリーチ入社。インサイドセールス部門の立ち上げ、ビジネスマーケティング部部長を経て、現在はHRMOS事業部インサイドセールス部部長を務める。
入社後のエンゲージメントを考えたブランディング
杉山:パナソニックにおけるエンプロイヤーブランディングとは、文字通り「働く場としてのブランド構築」を指しています。なぜそこが大事かというと、今後「信頼」という言葉がキーワードになっていくと考えているからです。「信頼」とは、「働く場所としての信頼」を意味しており、採用はもちろん、パナソニックという会社で働きつづけること、エンゲージメントが高い状態で高いパフォーマンスを発揮しつづけてもらうこと、そして退職後も良好な関係が続いていくことに作用すると考えています。企業とそこで働く個人が信頼関係を築いていくことが、今極めて重要だと考えています。もともとは社内でも採用ブランディングという言葉を使っていたのですが、最近ではエンプロイヤーブランディングと呼ぶようになってきています。
なぜブランディングが大事かというと、情報が良くも悪くも錯綜する時代であるためです。今や、マスメディアだけではなく、インターネットやSNSにいろいろな情報があふれています。加えて今のコロナ禍のなかで何が正しい情報で、何が誤っていて、何を気にするべきなのか。一人ひとりが何を信じるかによって、情報の受け止め方が異なってしまい、それによってお互いの信頼関係が崩れてしまうこともあります。なので、働く場としての企業と個人の関係構築を考える際にも、信頼できる情報を届けていくこと、相手が正確な情報をみつけられる状態を作っていくことが大事だと考えています。企業として、以前よりも社外からの信頼を獲得していくことが必要とされている時代だと捉えています。加えて、大企業や歴史のある企業になればなるほど、社内の年齢構成が偏っているケースもあり、場合によっては2~4割の従業員の方が今後10年のうちに定年を迎えてしまいます。会社として事業を成長させていきたいにもかかわらず、その担い手となる人材が足りない、という事態がこれから10年で起こっていきます。
一方で、ピーク時には200万人近くいた18歳人口も2030年には半減してしまいます。新たに人を採用するにも人材獲得競争がとても厳しくなることが予想されます。そうした時代背景があるなかで、自分たちの組織や事業に必要な方と出会い、自分たちを選んでいただくために「働く場としてのブランドをつくる」「働く場としての信頼をつくる」ということが重要なのではないかと考えています。
茂野:ポイントとしてはまずは、採用だけを目的としたブランディングではない、入社後のエンゲージメント向上も見据えたブランディングをしていくべきだということ。そして、自社を必要以上に良く見せるために行うのではなく、必要な情報を届けるべき人に届けることを目的として行うことが重要だという点ですね。
エンプロイヤーブランディングに取り組むきっかけ~採用で感じた5つの違和感~
茂野:エンプロイヤーブランディングの重要性はわかる一方で、どうしてそこに取り組もうとお考えになったのか、そのきっかけについて伺ってもよいですか?
杉山:もともとは、新卒採用においてある人材の濃度が下がっている傾向がみられたことがきっかけです。エントリーの段階で、ターゲット層となる学生から選んでもらえなければ、その後ご入社いただくことは難しいでしょう。そこに対して、何か施策を考えなければ、というところが起点でした。その頃はまだエンプロイヤーブランディングだ、という確信があったわけではないのですが、何かしなければいけないのではないか?という漠然とした課題感がありました。
また、私自身これまで3社で人事の仕事をしてるなかで不思議だと思っていたことが5つありました。
1つ目は、「お客様(=候補者)を見ていないのではないか?」ということです。ビジネスにおいては、どういうユーザーがいるのかを考え、そこに対してどういった価値を提供して対価をいただくのか?ということを自然に考えますが、採用においてはあまりそういう議論がされていないと感じました。
2つ目は、採用には指標がないことに起因すると思うのですが、意味がないと言いながらも外部のランキングをやたら気にしていたという点です。
3つ目は、特に新卒採用で顕著だと思うのですが、なぜか毎年採用サイトをリニューアルし、毎年打ち出し方を変えているという点です。これは自分自身が採用担当者として実際にやっていたということもあり、今振り返ってみるとなぜ毎年発信するメッセージを変えなければいけなかったんだろう?と思うことがあります。
4つ目は、がんばってつくったはずの採用サイトのコンテンツがそれほど読まれていない可能性があるという点です。自分自身の求職者としての経験を振り返ってみても、採用サイトよりもその企業の理念を書いたページやIRの資料を見ていたように思います。
どうしてこのようなことが起こるのだろうと考えたときに、5つ目の違和感に行きつくのですが、総じて採用における多くの施策がプロダクトアウトで考えられており、マーケティング視点が欠如しているのではないか?という点に至りました。
結局は「うちの会社はこういう会社で、こういう人にきてほしいです、こういう仕事があります」という自社ありきの情報しか伝えられていなくて、相手の立場に立ってどのような情報を求職者が必要としていて、それに対して提供できる情報は何なのかといった視点が欠けていたことに気づいたときから、ブランディングを模索しはじめたように思います。
茂野:採用担当の皆様の中には共感いただける方も多いのではないでしょうか。さらに伺いたいのですが、なぜ採用活動はこうなりがちなのでしょうか?またなぜ杉山さんはこの違和感を持つことができたのでしょうか?
杉山:なぜこの違和感を持っていたかというとあまり理由があるわけではなくて、幸運にもたまたま気づくことができたと感じています。というのも、自分自身がこの5つを当事者としてやっていましたし、そのときには気づいていませんでした。きっかけとしては、ベンチャー企業から大企業に転職したということがあるかもしれません。環境が大きく変わったので、今まで当たり前にやっていたことが当たり前ではなくなりました。一番わかりやすいのは、コストのかけ方です。採用する人数が桁違いに多いのでコストのかけ方も異なります。ベンチャー企業にいたころの感覚でやっては価値を出せない。どう大きく仕掛けて、大きなうねりを創り出していくべきか、という感覚に変わりました。そのなかで、今まで自分がやってきたことを棚卸しして、一つひとつの施策の意味を考えたことがきっかけになったのかもしれません。ずっと同じ企業や環境にいたら、気づけていなかったのではないかと思います。
「消費者向けのブランディング」と「エンプロイヤーブランディング」に共通する考え方
茂野:消費者向けのブランディングとエンプロイヤーブランディングのあいだに共通する部分や整合性が必要になる部分があると思うのですが、その際の留意点や工夫されている点はありますか?
杉山:どちらについても、まずはユーザーをしっかりと理解しないと何もはじまらないと思っています。プロダクトのブランディングと採用におけるブランディングが一致する会社もあると思いますし、一致しない会社もあると思います。たとえばシニア向けのプロダクトを提供している会社の場合、プロダクトのターゲットと新卒採用のターゲットは絶対に同じにはならないはずです。なので、ターゲットが重なっている場合はきちんと情報を共有して認識をそろえるプロセスがあれば良いと思います。重なっていない場合は、プロダクトのターゲットがどのような人で、採用のターゲットはどのような人か、という情報をお互いに還元しあう必要があります。
このあとの話にもつながってくるのですが、ブランディングへの取り組みは誰と一緒にやるのか、ということがとても重要なポイントだと思っています。この領域に関しては絶対に人事だけではできないので、プロダクトのブランドをつかさどる部門の方や、PRの方々との関わりは従来の採用ブランディングといった取り組みに比べて、確実に増えるのではないかなと思っています。
茂野:ありがとうございます。もう1つ、プロダクトアウトの視点からマーケティング視点・顧客視点に転換するためにはどうしたらいいでしょうか?特に新卒採用に関しては伝えることが多くなってしまいがちなのですが、どのようにすべきでしょうか。
杉山:まずは、会うことかなと思っています。私も最初はどうしようかなと、何からやればいいんだろうと考えましたが、まずはパナソニックにエントリーいただけていない学生さんに会うことから始めました。すでにパナソニックにエントリーしてくれている学生さんからは、どうしてもパナソニックに対する率直なご意見を伺うことが難しいです。なのでツテを頼って大学1年生や2年生に働くことについてどう考えているかをヒアリングしたり、自社の話をしても全く響かないといった経験をしたりと、とにかく学生の理解に努めました。
徐々に構造的に整理していくことを進めていき、デプスインタビューやグループインタビュー、アンケート調査を実施して学生の価値観を掘りさげていきました。同時にソーシャルリスニングを行ってトレンドの把握に予断を持たないように努めました。ソーシャルリスニングというと耳なじみのない方もいらっしゃると思うのですが、これはSNS上のトレンドを追っていくというものです。ターゲット世代の方々がどういったコンテンツに反応しているのか、人事や採用という領域ではどういった発信が読まれているのか。これらを観察していくことで対象となる方々のインサイトを把握していました。
茂野:顧客の声を聞いて、そこからインサイトを得て、顧客中心に考えていくという点は、
先入観を持たず、学生へのアンケートを通して事実を把握する通常のマーケティング活動と同じですね。
杉山:やはり実際に聞いてみると思っていたのと違う点もありまして。たとえばパナソニックの場合だと、大きい会社ということもあって「安定」とか「堅実」という価値観を持っている方が多いのかなと思っていたのですが、実際はまったく逆でした。実際に入社したいと思っている人は「成長」や「挑戦」といった価値観をもっていて、そこに対して「安定」や「堅実」がわれわれの売りだと思って伝えるとギャップが生まれてしまいます。これがプロダクトアウトなのか、顧客視点なのかの差ですね。また、ブランドイメージ調査を外部の企業様と連携して行い、当社がどのようにみられているのかを分析するということにも取り組んでいました。
エンプロイヤーブランディングの第一歩は「ゴールを定めること」
茂野:顧客視点になるために「顧客の声を聞きにいく」「自分たちが持っているものと顧客が求めているものとのギャップを捉える」ということがエンプロイヤーブランディングの第一歩ということですね。デプスインタービューやアンケート調査を実施する前に、社内でこのような動きをした、といったことがあれば伺いたいです。
杉山:まずは「目的とゴールを定める」に尽きるかなと思います。大きな社会の変化があるなかで、この取り組みが必要だという目的と、どうなっていくことを目指すのかというゴールを人事のトップも含めて理解いただくということです。ここの共通理解がないと、どうしても人事や採用の施策でコストを投下する場合、短期的なリターンを求められてしまいます。
この取り組みをすることによって、「何人の候補者と会えるのか?」や「何人採用できるのか?」といった論点になってしまう。
もちろんそういった観点も大事ではあるのですが、短期的な結果にとらわれすぎてしまうと本来やるべきことができなくなってしまう可能性があります。特にわれわれの場合ははじめての取り組みでもあったので「目的は採用ではないので、ゴールも採用することではありません」という合意形成を最初にして、はじめの一歩を踏み出しました。
これからの人事はマーケティング思考を持つことが重要
茂野:ここまでのお話を伺っていると、人事の方にもマーケティング思考が求められるように思いますね。BtoBマーケティングでも、リードアクイジション(新規のお問い合わせを何件増やすか)と認知をどれだけ上げるかという取り組みだと動き方が全然違いますよね。杉山さんは、これからの人事にはマーケティングの能力や知見は重要になると思われますか?
杉山:間違いなく重要になります。加えて、ここまでは社外に向けたマーケティングの話だったのですが、社内に向けても同じようにマーケティングをしていく必要があると思っています。というのも、人事は自分が何かバリューを出すわけではなくて、組織や社員の一人ひとりに対してはたらきかけて、何かしらの行動をしていただくことが会社全体のアウトプットにつながっていくという役割だと思っています。社内にいる一人ひとりがマーケティングの対象者・顧客になるので、社内の取り組みに対してもマーケティング思考を持つ、ということはなくてはならないことだと思います。人事がマーケティングを学ぶことの重要性をこの2年ほどで強く実感しています。社外に対するマーケティング活動を社内でも同じように実行できる方は、人事として非常に強いと思います。
茂野:社外に対するマーケティング活動を社内でも同じように実行するという考え方はユニークな発想だと思うのですが、杉山さんがこう考えられたきっかけは何かありますか?
杉山:人事の役割について考えたことがきっかけです。新しい人事制度をつくること、その制度を運用していくこと、人事評価制度を運用していくこと、教育訓練をしていくこと。どれも人事の仕事ですが、それに加えていかに従業員体験価値を上げる取り組みができるかに尽きるという結論に至りました。そのために何が自分にできるかと考えたときに、人事の世界ではまだそこに明確な答えがないのでプロダクトやコーポレートなどのマーケティングプランニングの考え方を学びました。
セミナーレポート後半では
- パナソニックにおける従業員エンゲージメント向上への具体的な取り組み
- 「データの可視化」と「働く人のパフォーマンスの最大化」をつなげるピープルアナリティクスへの期待
についてまとめたものをご紹介していきます。
※各種データや肩書はイベント実施時点のものです