【立教大学/中原教授】なぜ企業は人事データを活用しきれないのか?-後編-

人事データを活用した組織づくりに取り組みたいのに、データの収集が思うように進まない。組織づくりにそのような課題を感じている企業も多いのではないでしょうか。

立教大学経営学部の中原淳教授が強調するのは、目的が曖昧なままに「とりあえず」データ収集を行い、人事施策を実行しようとしても上手くいかないということ。組織づくりにおいて人事データを活用する際のポイントについて伺います。

前半では、組織づくりが経営にインパクトを与える重要なものだと理解することの必要性、そして人事データ活用の目的を明確にすることの重要性について知ることができました。後編では、組織づくりにおける「対話」の大切さについても詳しく取り上げていきます。

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【立教大学/中原教授】なぜ企業は人事データを活用しきれないのか?-前編-

中原淳氏

立教大学経営学部教授。立教大学大学院経営学研究科リーダーシップ開発コース主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所副所長などを兼任。博士。専門は人材開発論・組織開発論。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。著書に『職場学習論』、『経営学習論』(東京大学出版会)、『サーベイ・フィードバック入門―「データと対話」で職場を変える技術 【これからの組織開発の教科書】』(PHP研究所)など。


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「部下が本音を言わない」には、必ず組織に理由がある

―組織づくり次第で人の生み出す成果が変わること。組織を変えるためには時間とパワーをかける覚悟を持つこと。組織づくりは具体施策以上に、人事担当者の組織に対するスタンスも大切だと、ここまでお話を伺ってきて思いました。ここからは、組織づくりや人事データ活用を行う際に、気をつけるべきポイントについても具体的にお伺いしたいです。

中原:これは繰り返しになりますが、最初に企業として目指すべき未来や組織としてのありたい姿がなければ何も始まりません。その企業のビジョンは何か。そのために組織をどう変えたいのか。それがあっての、人事データ活用です。人事データは、組織の現状を可視化するもの。ビジョンやありたい姿と、現状のギャップを知り、そのギャップを埋めるために行うべき施策を考えるのです。



―その前提がないまま、具体的な施策から入ってしまうと、「とりあえず従業員サーベイをやろう」といった手段と目的の混同が起きやすいからですね。

中原:その通りです。それから「ガチ対話」の重要性を意識してみてほしいです。

―「ガチ対話」とはなんでしょうか。

中原「ガチ対話」とは可視化した組織課題に、チーム・関係者全員で向き合い、その問題の解決・解消を目指して話し合うことです。文字通り、従業員の「ガチの意見」、「ガチの議論」を、引き出す場の設定やその仕組みをつくらなければなりません。それがないと、従業員の本当に求めていることややりたいこと、できることなど、現場の意見や想いを無視した施策が生まれてしまいます。

―組織課題解決のために、当事者となる従業員同士が本音で会話するということですね。そうはいってもなかなか難しい部分もありそうです。

中原:ガチで、つまり、正直に想いをぶつけ合うように、自分の考えを語るのは難しいですよね。でも、何がそれを難しくさせているのかをぜひ真剣に考えてみてほしいのです。

部下が意見を言う前に上司が結論だけを伝えてしまっていることはありませんか?
上司に対して正直に意見を言うと怒られそうだと怖がられてはいませんか?

「ガチ対話」ができないときは、必ずできない理由があります。心理的安全性を担保した議論の場を用意することで、必ず対話は可能になるはずです。

―人事やマネジメント層が、意見を言いやすい雰囲気をつくるといったことでしょうか?

中原:安心して意見を言える雰囲気をつくりましょう、と言って全員ができるならそれがいいですね。しかし抽象的な指示ではなかなか難しく、属人的になりやすい。

最初は、ファシリテーションにある程度の型を用意するのもいいでしょう。ディスカッションの場で直接意見を言いづらいなら、付箋に書いて誰の意見かわからない形で出してもらったり、発言しづらいなら賛成する意見にシールを貼ってもらうようにしたり。あるいは、議論のアジェンダやルールを細かく決めて、指定のフォーマットを埋めるように、細かく意見を出し、従業員同士の対話を引き出す方法もあります。

―かなり厳密に型をつくることもあるのですね。

中原:一長一短かもしれませんね。このやり方は、「ガチの意見」を言い合うことに、重きを置いています。型通りでも、まずは全員が発言できるようになること。上司が部下の意見に耳を傾けること。型に慣れていけば、自然と自由な議論ができるようになることを期待しています。

科学知と臨床知。2つの融合が組織づくりには欠かせない

―そこでさまざまな人の「ガチの意見」を出してもらった上で、本当に解決すべき課題、そのために必要な施策を検討していくわけですね。

中原:この段階になると、意見をいくつかにグルーピングして、解決策を検討して、その中からどれを実行するか決定して、といった作業になると思います。ここでも重要なポイントがいくつかあります。まず1つ目は、たくさん手をつけるべき問題や解決のための施策があったとしても、その中で何かひとつができたらいい。そう考えてみてください。ジャスト・コミット・ワンです。

―ジャスト・コミット・ワン。どういうことでしょうか?

中原1つのことだけに、コミットする、実行を誓うということです。これは私の経験則によるところもあるのですが、「ガチ対話」の場で出てきた問題を全部解決しようとすると、必ずと言っていいほどすべてが頓挫します。全てが中途半端に終わるくらいなら、何か1つの問題を、確実に解決することを目指しましょう。スモールステップでいいのです。小さくても1つ、組織で変えられたことがあるなら、その成功体験は次につながります。1つずつ、変えていくことを大切にしてください。

―まずは1つ、やりきってみることが大切なのですね。他に重要なポイントはどんなことですか?

中原2つ目は、さまざまな意見をふまえて施策を検討する際は、そこにいるメンバーが「やりたいかどうか」を重要視してください。よく物事を決定する際には、緊急度の高/低、重要度の高/低、の2軸を判断基準にするのがよいとされます。しかし忘れてはならないのが、「やりたい/やりたくない」の軸です。重要なことでも、やりたくないことならば結局、頓挫しやすいですから。

―たしかに、組織づくりは通常業務にプラスでやるべきことが増えるものです。全員にとってやりたくないことだと、どんなに良い施策だとしてもだんだんやらなくなりますね。

中原:そうでしょう? 組織づくりはそもそも大変なことなのだと、意識してください。大変なことに全員で取り組むためには、全員がやりたいことを。そして、まずはひとつ達成できるように。これらを忘れないでほしいと思います。

―冒頭ではデータやロジックだけでなく現場へ寄り添うことの重要性のお話がありました。それから、施策においては現場のメンバーの「やりたい」という気持ちに着目することもお話いただきましたね。組織づくりは、想像以上に人の気持ちや現場の状況を考慮する必要があるのだと感じます。

中原:その通りですね。データや理論はあくまでも「科学知」です。「科学知」は非常に有効なものですが、それだけでは実際の現場で機能しません。現場で活用するにあたり必要なのは、「臨床知」です。臨床知は、人と人との相互作用。その場での即興的な対応が求められるし、表面的なものだけではわからない意味を考える必要があります。「ガチで対話する」ことの難しさや、誰かの考えを聞いてその背景を読み取る力などは、「臨床知」に近いです。

―「科学知」と「臨床知」、ですね。

中原忘れてはならないのは、「科学知」と「臨床知」の両方を常に意識すること。データや理論といった「科学知」だけで人は動かないし、その場その場の「臨床知」だけでは、結局従来の感覚的な組織づくりに寄っていってしまいます。どちらがいい、悪い、ではなく、双方を組み合わせることによって組織づくりを考えていく必要があるのです。

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自分のキャリアを、他人に預けてはいけない

―データを活用した組織づくりが少しずつ広まっていくなかで、今後、企業とそこで働く個人の関係性も変化していくのでしょうか?

中原:企業と個人の関係はこれまでも変化してきたし、これからも変化するでしょう。しかし重要なことは変わらないかもしれませんね。

―どういうことでしょう?

中原:年功序列や終身雇用などの従来型の雇用制度が疑問視され、徐々に企業と個人の関係は変わってきたと思います。これまでは企業が個人の人生をそのまま背負う仕組みでしたが、必ずしもそうではなくなってきました。一方で本質的に重要なことは、企業のありたい姿と、個人のやりたいこと、この2つがつながっていることです。そう考えると、企業と個人のつながりがどんどん希薄になるというわけではないですね。

―企業に従業員が自分の人生を預けるのではなく、企業と従業員がありたい姿の重なりによって、つながっていくようになるということですね。

中原:そうです。実際、「転職希望者」はどんどん増えていますが、「転職者」はそこまで増えてはいません。

―多くは「転職しようかなぁ」と考える段階でとどまっているということですね。

中原:そうなんです。多くの人が転職そのものを望んでいるとは限らないともとれますよね。むしろ、やりたいことが今所属している企業で実現できるのであれば、その企業で働きつづけたいと思う人も多いのではないでしょうか。

―企業と個人のつながりが希薄になっているといった見方は間違っているかもしれませんね。関係性が変わった、という捉え方の方が良いかもしれません。企業と個人のつながり方が変わると、働く個人がみずからのキャリアを考えていくこともより重要になると思います。個人がキャリアを考える上で、大切なことはどのようなことですか?

中原:答えは1つだけだと私は思います。自分の能力開発や自分のキャリアを、他人に預けないことです。絶対に、自分のキャリアは自分で舵をとり、手放さないことです。

―企業に自分の人生を預けていた時代とは真逆の考え方かもしれませんね。

中原:ええ。一生1つの企業で働いていても、転職しても、どちらでもいい。重要なのは、それを自分で決めることなのです。「自分で決める」ということは意外と難しく、習慣づけていないとすぐできなくなってしまいます。

―「自分で決める」というのは難しいですが、自分で決めたからこそモチベーションやパフォーマンスにつながるということもありますね。

中原:そのと通りですね。意外と「自分で決める」ということに慣れていない人は、多いものです。誰しも思い返せばあるでしょう。偏差値で大学を選んだり、親の言うとおりの就職活動をしたりなど。私のゼミの学生も、よく相談してきます。「就職活動中なのですが、どちらの企業に入るべきか迷っています。どちらの方が良いですかね?」と。

どちらを選んでも、良い面と悪い面は必ずあります。大企業の良い面もあれば、ベンチャー企業の良い面もあるでしょう。同じように両方に悪い面もあります。周りの情報や意見に流されず、「自分で決める」こと。それが、個人がキャリアを考える際、何よりも大事なことだと私は思います。

まとめ

データ活用には、そこに人の感情が一切考慮されないイメージがありますが、人事データを実際に活用していくには、そのデータから生まれる現場での対話が欠かせない。「科学知」と「臨床知」、2つを融合させながら組織づくりを考えることの重要性がわかりました。そして、企業と個人の関係性が変わっていくこれからは、個人が主体的にキャリアを考え、その決定権を他人に預けないことがより一層大切になると言えそうです。

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