目次
職場におけるいじめやハラスメントといった「問題行動」は、当事者だけでなく、組織全体のメンタルヘルスや生産性、モチベーションにも悪影響を及ぼします。では、こうした行動はなぜ起きてしまうのでしょうか。
本記事では、日本大学の田中堅一郎教授の研究や取材をもとに、問題行動が生まれる背景と、向き合い方について深掘りします。人事・労務の担当者はもちろん、すべてのビジネスパーソンにとっての「自分ごと」として考えるきっかけになれば幸いです。

プロフィール
田中 堅一郎
日本大学大学院総合社会情報研究科 教授
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職場の問題行動はなぜ起きるのか?個人と組織、2つの要因
──職場で起きるいじめやハラスメントといった問題行動は、どのような要因が関係しているのでしょうか?
問題行動が起きる背景には、大きく分けて「行為者の心理特性」と「組織の風土・構造」という2つの要因があります。私はこれまで、国内外の研究や自らの調査を通じて、2つの要因がどう絡み合って問題行動が生まれるのかを見てきました。
まず心理的な側面では、いわゆるビッグファイブ理論で示されるパーソナリティ特性が影響します。中でも「調和性が低い」「誠実性が低い」「攻撃性が高い」「自己愛傾向が強い」などの特徴を持つ人は、対人トラブルを起こしやすい傾向にあります。
たとえば調和性が低い人は、他者との折り合いをうまくつけられず、ちょっとしたことで摩擦を起こしがちです。誠実性が低いと、規則や社会的ルールに対する配慮が乏しくなります。
さらに自己愛傾向が強い人は「自分が正しい」と信じて疑わないため、周囲の意見に耳を貸さず対立を招きやすい。
もちろん、こうした特性があるからといって、必ずしも加害者になるわけではありません。しかし、リスク因子であることは間違いありません。
──組織側の要因については、いかがでしょうか?
最も大きな要因は「処遇に対する不公正感」です。「自分はちゃんと働いているのに評価されない」「同じ行動をしても自分だけが叱られる」といった経験が重なると、不満や怒りが蓄積され、攻撃的な行動に発展することがあります。
これは極端な例ですが、以前私が知っているある企業では、元従業員が職場に車で突入し死傷事故を起こした事件がありました。加害者は直前にその職場に勤めていた人で、「恨みがあった」と供述していたそうです。
また、別の企業で発生した異物混入事件では、契約社員だった容疑者が「賃金が下がったことを含め、会社の待遇に不満があった」と語っていました。いずれも、処遇への不満が爆発した事例といえるでしょう。
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無自覚な加害に気づくヒントは「認知的複雑性」
──最近では、本人に悪意がない「無自覚な加害」も増えていると聞きます。
無自覚な加害は、潜在的な問題であり、本人が自覚していないがゆえに改善が難しいという性質があります。
私の見解では「無意識の偏見をなくせ」と言うのは無理があります。そもそも本人が意識していないのですから。それを意識させるのは簡単なことではありません。
そこで私たちは、代替手段として多面的な見方を育てる方向性を模索しています。認知的複雑性といい、人に対する見方を多面的にするという考え方です。
単一の視点だけでなく、複数の観点から人や状況を捉える力を育てることで、無自覚な偏見に気づけるようにする、というアプローチです。
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──この認知的複雑性を高める取り組みもされているとか。
私たちは現在文部科学省の科研費を活用し、実際に企業で認知的複雑性を高める研修を実施しています。このプロジェクトでは、ジェンダーハラスメントを主なターゲットに設定し「職場からどのようにしてこうした問題行動をなくすか」をテーマに取り組んでいます。
たとえば「その発言はハラスメントにあたるか?」という問いに対し、自分の基準だけで判断するのではなく、相手の受け止め方、文脈、背景を想像する訓練をします。すると「自分は普通に接していたつもりでも、相手には違うように映っていたかもしれない」と気づく人が出てくるでしょう。
実施中の研究対象は性別に基づくハラスメントですが、それ以外にも応用できるのではないかと考えています。いずれ、職場のいじめや障がいのある方に対する見方などにも展開できる可能性があります。
沈黙が常態化する職場にしないために。人事ができる危機対応
──もし問題行動が実際に発生した場合、人事や組織はどう対応すべきでしょうか?
重要なのは、迅速かつ慎重に動くことです。問題を放置すれば被害が拡大し、組織としての信頼も失われます。一方で、対応を誤ると、情報漏洩や関係者の二次被害につながるおそれがあります。
企業はコンプライアンス部門と密に連携しながら、情報の取り扱いに細心の注意を払う必要があります。特に留意すべきなのは、調査の過程で加害者や被害者の名前が外部に漏れないようにすることです。
そうした情報が流出すれば、たちまち二次被害が発生し「声を上げた人が損をする」という空気が広がります。その結果、職場では沈黙が常態化し、誰も問題を指摘しなくなってしまいます。
このような状況は「Employee Silence(従業員の沈黙)」と呼ばれています。組織に問題があっても、誰も声を上げられない状態のことです。近年の報道事例の多くにも、こうした構造が背景にあると考えられます。
──なぜ、そのような沈黙が起こってしまうのでしょうか?
根底にあるのは恐れです。声を上げることで人事評価が下がるのではないか、部署を異動させられるのではないか、職場でいづらくなるのではないか。そうした不安が、人々を沈黙へと向かわせます。
ここで重要になるのが「心理的安全性」です。
Googleが行った組織調査でも注目されましたが「安心して意見を表明できる環境」があるかどうかは、組織の健全性を左右します。
この「心理的安全性」の概念を提唱したのが、ハーバード大学の研究者であるエイミー・エドモンドソン氏です。彼女の著書「恐れのない組織(The Fearless Organization)」では「沈黙の構造をいかに壊すか」がカギであると述べられています。
そもそも、彼女が心理的安全性という考えにたどり着いたのは「従業員が声を上げにくい状況が組織の問題である」という認識が出発点でした。
声を上げる人が守られ、きちんと評価される組織でなければ、どんな制度も十分に機能しないのです。
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声を上げられる職場をつくるには?人事ができる現場への働きかけ
──職場の問題を未然に防ぐために、人事はどんなアクションをとるべきでしょうか?
制度の整備はもちろん重要ですが、それだけでは不十分です。
肝心なのは「制度が現場でどのように運用されているか」「従業員に信頼されているか」です。
たとえば、内部通報を行った職員が公に非難されたというような事例が報道されると、それだけで制度の信頼性は大きく揺らぎます。
通報者が守られるという安心感がなければ、制度はあっても機能しなくなってしまいます。
だからこそ人事部門には「やってはいけない対応」を避けるよう、現場に働きかけることが求められます。
通報があった際には、通報者の特定や犯人探しを行わないこと、そして通報者を非難しないこと。こうした基本的なルールを遵守する姿勢が不可欠です。
企業のコンプライアンス部門や人事部門は、形式だけでなく、実態として機能させなければなりません。通報の受け付けから対応に至るまでのプロセスを明確にし、それを徹底することが、信頼される制度づくりの第一歩です。
──組織文化への介入が求められますね。
まさにその通りです。「声を上げたら称賛される」「問題を共有したら評価される」といった空気をつくることが、人事の大きな使命だと思います。
そして何より大切なのは「これは自分には関係ない」という他人事の姿勢を改めることです。「うちの職場ではそんなことは起こらない」ではなく「どの職場でも起こりうる」「自分も当事者になる可能性がある」と考えることが、すべての第一歩だと思います。
私自身もさまざまな経験をしてきた中で、声を上げた人が排除される場面も見てきました。だからこそ「誰にとっても自分ごとである」という視点を忘れてはいけないと感じます。