人事に求められるキャリア支援とは? 個人と組織の成長をつなぐ「キャリアデザイン」の考え方<椙山女学園大学 加藤 容子教授>

人事に求められるキャリア支援とは? 個人と組織の成長をつなぐ「キャリアデザイン」の考え方

「キャリアは自分で切り開くもの」といわれる時代だからこそ、従業員が自律的に歩めるよう、企業や人事が「伴走者」として支援する姿勢がより一層重要になっています。

働き方が多様化する中で、従業員一人一人が主体的にキャリアを描ける環境づくりは、組織の持続的な成長に欠かせない課題です。

本記事では、椙山女学園大学の加藤容子教授に、キャリアデザインとワークライフバランスの関係性、そして企業が果たすべき役割について伺いました。人事が担うべきキャリア支援の視点と実践についても伺っているので、参考にしてみてください。

加藤 容子

プロフィール

加藤 容子

椙山女学園大学 人間関係学部 心理学科 教授 博士

公認心理師・臨床心理士としての役割、研究者としての役割を組み合わせ、ハイブリッドな形で実践と研究に取り組む。「働く環境で心の健康を維持し、生き生きと働くにはどうすれば良いか」というテーマを広い視点で研究。最近は、組織と個人の相互作用を踏まえた心理的支援にも注目されている。

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キャリアの本当の意味とは?定義と時代の変化

──まず、キャリアの定義について教えてください。

「キャリア」という言葉の語源は、ラテン語の「車輪」や「荷車」「轍(わだち)」です。ここから、人生における経験の積み重ねやそれによってたどってきた道筋を「キャリア」と呼ぶようになりました。

現代におけるキャリアの意味は、一人一人が生涯を通じて果たしていくさまざまな役割と、その中で得られる経験の積み重ねを指します。さらに単に出来事を経るだけでなく、それらを通じて自分自身の人生に結びつけ意味づけるプロセスが重要です。

狭義のキャリアは職業上の経験に関するものであり、「ワークキャリア(職業キャリア)」と呼ばれます。職場で担当した業務や、そこから得た学びや気づきが積み重なることで、自分の働き手としての価値や軸が形成されていきます。

一方で、私たちは仕事だけをして生きているわけではありません。

家庭や地域、学校などさまざまな場面でそれぞれ役割を担って生きています。これらに関するキャリアは「ライフキャリア」と呼ばれ、広義のキャリアでもあります。

アメリカの研究者D.E.スーパーが提唱した「ライフキャリア・レインボー」では、人生の中で果たす複数の役割それぞれが、人生の時間の流れの中でどう展開していくのかを示しています。複数の役割キャリアが充実する時期が入れ替わったり重なったりすることが可視化され、個々人のオリジナルなライフキャリア・レインボーとして描かれます。

またアメリカの研究者E.H.シャインは、キャリアを「外的キャリア」と「内的キャリア」という2つの側面から捉えることを提唱しました。

外的キャリアとは、職歴や役割の内容など、他者にも説明可能な客観的な情報を指します。一方の内的キャリアは、経験を通じて得られる達成感や自信、価値観の変化といった、より主観的で個人的な意味づけのことです。

「チームで成果を出せて自信がついた」「子育てをして視野が広がった」といった感情や認識は、内的キャリアにあたります。

このようにキャリアとは、単なる仕事上の職歴や肩書きではなく、家庭・地域・学び・遊びの経験、さらには疾病や障害の経験なども含めて、自分で選び取ったものや偶然に経験したことを、自身の人生に意味づけていくプロセスだといえます。

──時代によっても、キャリアの捉え方に大きな違いがあるように感じます。その背景には、社会構造や価値観の変化が関係しているのでしょうか。

社会の動きにともない産業構造が再編され、企業組織の在り方も見直されてきました。それに応じて、私たち一人一人の生き方や働き方にも多様性が生まれてきています。

昭和の時代、主に「働くこと」は男性が家族を養うための手段とされ、性別による役割分担がごく当たり前の価値観として根付いていました。

戦後復興期の日本では、社会を立て直すためにいかに働くかが最重要課題であり、「キャリア」という言葉は今ほど一般的に語られるものではありませんでした。

しかし、バブル崩壊以降経済が低迷期に入ると同時に、第三次産業の拡大や人権意識の浸透により、仕事に対する考え方や社会の価値観にも大きな転機が訪れたのです。

現在では、グローバル化やICTの進展、ダイバーシティ・マネジメントの推進などを背景に、「誰もがいきいきと働ける社会」の実現が求められています。

女性や高齢者、外国籍の方、障がいのある方、病気と共に生きる方など、多様な背景を持つ人々が、それぞれの状況に応じた働き方を選べる環境づくりが進んでいます。

こうした流れが「ワークライフバランス」や「多様性(ダイバーシティ)」を重視する、今の社会の在り方につながっているのです。

その結果、労働場面において用いられるキャリアデザインの意味も変わりました。かつてのように「企業が労働者に仕事を与え、労働者はそれに応えてキャリアをデザインする」だけでなく、今は「労働者自身が自分の人生をどうデザインするか」を企業も労働者も主体的に考えることが求められています。キャリアはより自律的で、多様な在り方へと広がっているのです。


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キャリア支援は「福利厚生」ではない。企業が個人のキャリアに向き合う理由

──企業は個人のキャリアデザインにどのように関わり、支援するべきなのでしょうか。その意義について教えてください。

キャリアデザインを支援する理由は、企業の理念・価値観や人材戦略によってさまざまだと考えられます。

一つのあり方は、企業が労働者をコントロールするという従来型のキャリアデザイン支援です。例えば、「全国転勤を経験してこそ出世できる」といったキャリアモデルでは、労働者は転勤を重ねながら社内でキャリアアップしていくというキャリア観が前提にあり、企業側には柔軟な人材配置ができるといったメリットがあります。一方労働者にとっては、働く場所だけでなく家族の生活が転勤によって大きく変化するという問題が発生することになります。

対照的なもう一つのあり方が、労働者による「キャリア自律」を支援するというものです。キャリア自律とは、単に与えられた業務をこなすのではなく、自ら考えて提案し、行動する力、それによって主体的に柔軟にキャリアを構築することを指します。

現代は経済環境の変化や人材の流動性の高まりを背景に、企業がすべての労働者のキャリアを抱え込むより、「自らキャリアを考え、行動できる人材」を求めるようになってきました。するとキャリア支援は、そうした自律的な人材を育てるものになるということです。

中には「一度転職して経験を積んだ後、再び戻ってきてその経験を活かしてほしい」と柔軟なスタンスをとる企業もあります。

つまり、キャリア支援は福利厚生の一環ではなく、人材活用の要となる経営戦略のひとつとなり得るのです。

近年注目されている「人的資本経営」もその延長線上にあります。

人材を資産と捉え、成長戦略の中核に据える企業が増加しているのです。

最終的には、自社の経営理念や人材活用方針を明確に持ち、それを社員と共有していくことが、キャリア支援の質や実効性を左右します。

──実際に企業がキャリアデザイン支援を実行する場合、重要なことは何でしょうか?

個人的に最も重要なのは「企業の方向性」と「個人のキャリア」がおおむね噛み合っていることだと思います。

「この産業でこういう価値を生み出したい。そのために、社員にはこんな役割を担ってほしい」といった企業のビジョンが明確であれば、社員もそれに沿って自分のキャリアを考えやすくなります。

企業と個人は雇用契約でつながっていますが、それは単に給与を支払い、労働力を提供するという関係だけではありません。企業側は「あなたの能力をどう生かしたいのか」というメッセージを伝えること、労働者も「企業にどのような貢献をしたいのか」を意識化することが、キャリア支援を考える第一歩です。

キャリアデザインの支援では、こうした相互理解の土台をつくる営みが重要だと感じます。

これは「個人と組織の相互作用」ともいえるでしょう。

個人にとっては、組織という場を通じて一人では成し得ないことに挑戦できる機会が得られ、組織にとっては、多様な個の力を生かして成長する原動力になります。

そのためには、人事部門が「自社は社員のキャリアを組織の中にどう位置づけ、どう生かしたいのか」という明確な方針を持ち、社員に継続的に発信していくことが欠かせません。

そのため人事制度を整えるだけでなく、それを社員の行動や価値観に根づかせて組織の文化として機能させることが、本質的なキャリア支援だと考えています。

多様な働き方を支えるために人事ができること

──企業が従業員のワークライフバランスと向き合う上で、大切にすべき視点や具体的な工夫にはどのようなものがありますか?

前提として、育児中の従業員に限らず、介護を担う方や持病を抱えて働く方など、多様な背景を持つ働き手がいることを理解することが重要です。

社員それぞれの事情を尊重し、働きやすい環境を整える姿勢が、これからの組織には求められます。雇用条件のあり方も、その一環として柔軟であることが重要です。

そのためには、働き方に柔軟性を持たせる工夫が効果的です。

たとえば、テレワークやフレックスタイム制を導入したり、法定の有給休暇とは別に、育児、介護などの家庭の事情に合わせて取得できる「ワークライフバランス休暇」のような制度 を設けたりすることで、個々の事情に応じた働き方が可能になります。

しかし特別な制度を導入せずとも、労働基準法、労働安全衛生法、育児・介護休業法などに定められた制度をきちんと実現することができれば、多様な状況にある労働者にとって働きやすい環境となることが可能となるはずです。

忘れてはならないのは、法律を守ることが目的ではなく、従業員の健康を守り働きがいを高めることが目的であり、法律や制度はそのための手段であるという点です。

そのためには、制度を整えるだけでなく、それが実現しやすい組織の風土・文化を醸成することこそが重要だといえます。

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──中小企業など資源が限られている企業でも実践できる取り組みはありますか?

中小企業では、大企業のように制度が整っていないケースも少なくありません。こうした企業では、一人一人の従業員を労働力ではなく生活者として見る姿勢が何より重要になります。

つまり、労働者を駒として働かせるのではなく、それぞれのライフステージや個別の事情に目を向け、一人の人間として尊重することが出発点となります。

たとえば、ある会社では「好きなときに来て、好きなときに帰っていい」という非常に自由な勤務体制を導入しています。それが実現できる職場の仕組みを整えれば、労働者は自然に無理なく生き生きと働けるようになります。

もちろん業種や業務内容によっては実現が難しい場合もありますが、社員のライフスタイルに寄り添う姿勢が、結果的に職場全体の生産性や満足度の向上につながっています。

育児や介護、体調の事情などでフルタイム勤務が難しい社員に対しても、可能な範囲で働き方の選択肢を提供する。その柔軟な姿勢こそが、多様な人材の力を引き出し、企業が持続的に成長していくために重要となります。

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人と向き合う専門家としての人事。キャリア支援に求められる新しい在り方

──キャリアデザイン支援における人事部門の役割は何でしょうか?

人事の役割というと「評価制度の運用」や「労務管理」など、制度面での業務がまず思い浮かぶかもしれません。しかし、実際の現場では、制度を運用するという考え方だけでは不十分です。人事は、社員一人一人と向き合い、対話を通じて信頼関係を築く「人の専門家」になることが期待されます。

昨今、キャリア支援やエンゲージメント向上の手段として「1on1ミーティング」の重要性が高まっていますが、その場が単なる業務確認の時間になってしまうと、本来の効果は得られません。

社員の思いや悩みを共有するには、人事担当者自身が傾聴力や対話力を備えることが強みになります。

そのためには、法律や制度に関する知識に加えて、人事自身のマインドセットのアップデートが欠かせません。「共感し、理解する」といった姿勢は、短期間の研修で身につくものではなく、日々の実践や学びを通じて少しずつ養われるものです。

形だけをなぞるのではなく、自らの経験を通して「人と向き合う」ことに誠実である人が、より信頼される人事になれると思います。

また、異業種の人事担当者と交流したり、外部の勉強会に参加したりするなど、会社の外に出て学ぶことも大きなヒントになります。合理性や制度だけでは解決できない、人にまつわる課題に対して柔軟に向き合える視点を養うことが、これからの人事には求められます。

人事部門は、単に制度を運用する機能ではなく、社員と組織をつなぐ「心臓」となる存在です。

キャリア支援やワークライフバランスが実現できる企業文化の定着を担う要として、専門性と人間力の両面を磨くことが、これからの人事にとって重要だといえるでしょう。

──最後に、キャリアデザイン支援に取り組む企業へのメッセージをお願いします。

人事やキャリア支援の仕事に携わる方々にまずお伝えしたいのは「自分の人生や生活を大切にしてほしい」ということです。日々の業務に追われていると、自分のことを後回しにしがちですが、人の人生やキャリアに向き合うためにも、自分自身の人生のストーリーに向き合う必要があります。

先にお伝えしたように、キャリアとは表面的な経歴ではなく、その人が歩んできたストーリーそのものだといえます。

誰にでも辛い時期や葛藤があり、それを抱えながら生きています。自分のストーリーを認識し大事にできる人は、他者のストーリーにも想像力を持って関われるようになります。

「人を支える」という仕事は、制度や知識だけでは完結しません。支援の根幹にあるのは「信頼関係」です。信頼関係を築き、相手に寄り添う姿勢があって初めて、真の支援が可能になります。

また近年注目されている心理的安全性やワークライフバランスといった言葉も、快適な印象で語られがちですが、その本質は「個人の不安にどう向き合うか」にあります。

「こんなことを言ったらどう思われるだろう」という不安を抱えたままでは、本音を語り合える環境は生まれません。だからこそ、安心して本音を共有できる職場づくりが大切です。

人事という仕事は、ときに経営層の理想と現場のリアリティの板挟みになることもあるでしょう。その立場は大変なものともいえますが、むしろ他には代え難い価値があるともいえます。どちらの声も理解し、つなぐという重要な役割を果たせるのではないでしょうか。

だからこそ、人事に携わる皆さんにはご自身のストーリーと向き合い、自分を大切にしながら、人事という役割に誇りと価値を見出して、信頼関係を土台にした労働者のキャリア支援を続けていただけたらと思います。

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