「人的資本の情報開示」で変わる、人事の役割とは?

人材不足や多様な価値観の広がりによって、現在企業における「人的資本」の価値が高まっています。その人的資本に対して、企業がどのように取り組んでいるのかを開示するのが、「人的資本の情報開示」です。

2018年には具体的に何を開示すべきかの国際的かつ標準的なフォーマットを定めた「ISO30414」が制定され、2020年には米国証券取引委員会(SEC)が人的資本に関する情報開示を義務化するなど、動きが活発化しています。

前回の記事では、人的資本の情報開示がどのようなものか、なぜ開示の動きが活発化しているのかを、株式会社ビズリーチ HRMOS WorkTech研究所所長の友部博教が解説しました。

▼前回の記事はこちらをご覧ください。
人的資本の情報開示とは?注目される背景や概要を解説

今回は日本でも今後義務化が予想されている人的資本の情報開示について、人事においては具体的にどのような業務が必要になるのかをお話しします。

友部博教

株式会社ビズリーチ
HRMOS WorkTech 研究所所長
兼 人事本部タレントマネジメント室
ピープルアナリティクスグループ
マネージャー

2004年、東京大学大学院で博士号(情報理工学)を取得後、名古屋大学、産業技術総合研究所で、コンピューターサイエンス領域の学術研究に取り組む。その後、2008年より、東京大学で助教として研究・教育に携わる。2011年4月株式会社DeNA入社。アプリゲームやマーケティングの分析部署の統括を務め、人事領域ではPeople Analytics部門の立ち上げに携わる。2018年10月株式会社メルカリ入社。人材開発部門においてPeople Analyticsに関する施策を担当。その後、2019年11月に株式会社ビズリーチに入社し、HRMOS WorkTech 研究所所長と人事本部タレントマネジメント室ピープルアナリティクスグループ マネージャーを兼任。

HRMOS WorkTech研究所について

株式会社ビズリーチが運営するHRMOSは、2021年3月、WorkTechの活用や、未来の人財活用のあるべき姿を研究し、その情報を発信する研究所として、HRMOS WorkTech研究所を設立しました。

「Work Tech」とは、人事業務のDX実現を目指す従来の「HR Tech」をより大きな枠組みでとらえ、人事業務だけでなく、働く人を取り巻く業務すべてを対象にした「働き方のDX実現」を目指すテクノロジーを指します。働く環境の変化や、働き方の多様化が進むなかで、これからは、従来の「HRTech」だけではなく、働く人一人ひとりの変化に対応し、自律的な活躍を支えるテクノロジーである「WorkTech」の導入が求められると考えられます。

HRMOS WorkTech研究所では、Work Tech領域の調査・研究・開発・学術貢献など幅広い役割を担っており、働き方に対する価値観が多様化する現代において、日本のWorkTech推進を目指していきます。

人事の役割が変わる

ー人的資本の情報開示を行う上で、人事の業務としては何をする必要がありますか?

友部:人的資本の情報開示に関わる業務の中で最も大きく増えるのは、データをとることです。人事は現在でも業務を行う中で、さまざまなデータを収集していますよね。一方でそれらのデータの取り方や管理の仕方は企業によってさまざまで、中には採用・労務などの各部門で、バラバラにデータを持っている場合もあります。

情報を開示するにあたっては、まずこれらの情報を集めて統合する作業が必要になります。その上で、足りないデータは新たに収集する。そこから、どの情報をどう開示するかを整理して、まとめていく流れになるでしょう。

ー人事の業務が増えるだけのような印象もあります。

友部:もちろん業務の負担が増えることは間違いありません。ただその業務を情報開示のためだけに行うのではなく、情報を統合して活用する、タレントマネジメントに活かすという観点もぜひ取り入れていただきたいと思っています。

例えば人的資本経営を掲げる当社のHRMOS(ハーモス)もそうですが、タレントマネジメントシステムを活用すれば常にさまざまな情報を収集して一元化しておき、タレントマネジメントに活かしつつ、必要なときには情報開示が可能です。日頃からこの状態をつくっておけば、いざ人的資本の情報開示をするという際にも、過剰に負担が増えないようにすることができると思います。

もう一点、非常に重要な観点としてお話ししたいのが、人的資本の情報開示の流れにのっとって、そもそも人事の役割が変わるということ。

これまでの人事は、採用と労務、働きやすい環境づくりなどが主な仕事。コストセンターといわれることもありました。しかしヒト・モノ・カネのうち、ヒトの価値、つまり人的資本を最大化させるための部署と考えれば、人事はより経営に近い存在となるとともに、利益を生む役割となり得ます。

そもそも人事は本来、経営と密接に関わっているはずの部署。その視点が改めて、重視されてくると思います。

人事はより経営目線の組織へ

ー人的資本の情報開示に取り組むことによって人事の役割が変わると、日常業務に変化はあるのでしょうか。

友部:まずバラバラに管理していた情報を一元化することと、人的資本の情報開示に必要な新たなデータを収集することで、経営とのコミュニケーションがよりデータにもとづいたものになり、スムーズになると思います。

例えばこれまでは従業員の育成のために研修を実施したくても、費用対効果が示せず、予算を取ることが難しいこともあったでしょう。それを人的資本の情報開示のガイドラインに沿った共通の指標で示すことで、研修の必要性を主張しやすくなります。

同様に、これまで人事がどうしても経験と勘でやらざるを得なかった人材マネジメントの領域で、共通の指標ができてきます。統一されたKPIを目指すことが可能になると、人事は経営資源である人的資本を運用する立場として、経営との共通言語もできて、これまで以上に経営の目線で業務に取り組むことになると思います。

ー人事の行う業務の成果が可視化されるということですね。

友部:そうです。人事がどれほど経営に寄与しているかがわかるようになるので、人事の価値が上がり、モチベーションの向上にもつながります。

ー人的資本の情報開示が実施されることで、人事が取り組む人材マネジメントへの影響はあるのでしょうか。

友部:確かに情報開示すべきとされている項目には、「生産性」や「従業員満足度」など、人材マネジメントやエンゲージメントに関係する項目も含まれます。

しかし例えば生産性を数値化すると言っても、業種や企業規模によって、適切な計算方法は異なります。同様の計算方法であっても、数値だけを見て良いか悪いかを比較することはできないでしょう。

従業員満足度においても同じことが言えます。ここで出す数値はあくまで人的資本の情報開示のための情報であって、その数値をKPIにして人材マネジメントに取り組めるかどうかは、精査する必要があります。

社内外に生まれる情報開示のメリット

ー人事以外の従業員にとっては、何かメリットはあるのでしょうか。

友部:働くうえで特に大きな影響はないと思いますが、これまで開示されていなかった情報が得られるので、自社のことが深く知れるメリットがあると思います。

女性活躍や多様性などの情報も数値で見られるため、より透明性が高くなる意味では、ポジティブな影響があるかも知れません。
一方で離職率などの数値に関しては、今の事業フェーズや人材戦略などを踏まえて、なぜその離職率になるのか、ある程度の説明が必要な企業もあると思います。使い方次第で、社内向けには良い部分も悪い部分もあるでしょう。

ー採用活動に影響はありますか。

友部:こちらもやはり、透明性という意味でプラスの影響があると思います。多様性の項目などもあるので、そういった部分を意識している求職者にとっては、多くの企業でその情報が開示されることはメリットとなるでしょう。

ただそもそもが投資家向けに整理された情報なので、求職者が企業を選ぶ基準として活用するには、もう1段階わかりやすく情報を整理する必要がありますね。

ー意外と多方面にメリットを生むものだという印象を受けました。

友部:そうなんです。一見すると業務が増えるだけのように思える人的資本の情報開示ですが、ツールとしてうまく利用することで、人事にも企業全体にも、メリットを生むものとなり得ます。

やはり大きなメリットとしては、人事のレベルアップにつながり、人事そのものの価値が上がること。人事のみなさんにはこのツールを投資家向けと割り切るのではなく、どんどん活用していってほしいと思います。

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