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人材の獲得競争がますます激化するなか、企業が「欲しい人材」を採用するためには人事だけでなく、現場まで巻き込んだ採用活動が重要となっています。
2021年5月26日に開催したHR SUCCESS SUMMIT 2021は「DX時代の採用力」をテーマとし、採用・人事領域における成功事例を知る機会を提供。今回のセッションでは、現在、現場を巻き込んだ採用活動に取り組んでいる3社の担当者にご登壇いただき、各社の取り組みをご紹介いただいたほか、ディスカッション形式で「現場を巻き込んだ採用成功の秘訣」について伺いました。
登壇者プロフィール
・入社手続きの効率化
・1on1 の質の向上
・従業員情報の一元管理
・組織課題の可視化
平岡 孝明 氏
味の素株式会社
コーポレートサービス 人事部
人財開発グループ 採用チーム チーム長
海外生まれの海外育ち。15歳で日本に帰国。新卒で味の素株式会社に入社。
食品事業において国内食品営業・マーケターを経験した後、アミノサイエンスのグローバルマーケター業務を遂行、現在人事部にて新卒・キャリア採用および若手育成の業務に従事。
Wolly Wu 氏
日本マイクロソフト株式会社
人事本部 HRビジネスパートナー
Senior Recruiter [2015.3-2015.7]
Japan Talent Acquisition Manager [2015.7-2018.10]
Asia Talent Acquisition Manager [2018.10-2021.01]
Senior HR Business Partner [2021.01-Now]
沼田 宏光 氏
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ
人事局人事部長
2000年東京大学卒業後、博報堂に営業職として入社。04年より博報堂ブランドデザインに加入し、幅広い業種のブランドプロジェクトに携わる。その後ベトナム拠点への研修出向を経て、2013年博報堂コンサルティングAPをシンガポールにて立ち上げ、マネジメント業務を経験。2016年より東京本社に帰任し、現職に至る。主な著書に「あなたイズム」(アスキー新書)がある。
城倉 亮 氏
ラクスル株式会社
執行役員 人事部長
2004年に東京大学文学部卒業後、全日本空輸、NTTデータ経営研究所、リクルート、エムスリーにて、人事労務業務に携わる。リクルートワークス研究所での調査・提言活動を経て、2019年4月ラクスル株式会社にジョイン。
現場を巻き込んだ採用活動 -各社の取り組み-
城倉: 採用活動とは、採用計画を立て、どのような人が必要か採用基準を策定し、母集団をつくり、選考を行って、入社をしてもらうこと。さらに、それだけではなく入社後のパフォーマンスや、社内で活躍してもらう未来までを含め、ゴールを設定すべきものです。
本日は「母集団形成」における現場を巻き込んだ活動や、この一連を可能にするための採用体制づくりについて、後ほどディスカッションをしていただきますが、まずは各社の採用活動状況を教えてください。
平岡(味の素株式会社):味の素ではプロパー社員の割合が非常に高く、全体の8割を占めます。そのため、社内の育成プロセスだけでは育たないような、さまざまな業種や職種を経験した高度専門人材を採用することが、現在のキャリア採用における課題となっています。特にこれから力を入れたいDXや、その他にも財務や法務、新規事業に関わる人材の採用が重要となっています。
しかし、従来のような採用では応募者は多いものの、上記のような弊社として今後採用していきたいと考えている人材がなかなか採用できませんでした。そこで、ビズリーチを中心としたターゲットオファー型の採用や、リファラル採用を積極的に導入し、キャリア採用を行っています。
これまでもキャリア採用では、事業上求める人材像を設定し、そこに向けた採用活動を行ってきました。しかし、先ほどお伝えした通り、もともと新卒採用文化が非常に強いため、人事部においてキャリア採用はやや優先度の低い位置づけでした。そのため、キャリア採用は人事主導でなく現場主導の部分がありましたが、あらためて人事部として会社に必要な高度専門人材の定義づけをし、キャリア採用の位置づけをしなおしました。
その上で、新しい手法としてターゲットオファー型の採用とリファラル採用に取り組み始めたのですが、その際に、事業の現場と人事が密にコミュニケーションをとり、具体的な人物像や、なぜその人を採用すべきかなど採用の目的の設計を丁寧に進めていきました。こうしたポイントを大切にしながら、採用活動を行っています。
Wolly(日本マイクロソフト株式会社):日本マイクロソフトでは、数年前にタレントソーシングモデルを立ち上げました。現場のマネージャーと採用チーム、そしてHRBPの3者が連携し、より優秀な人材を採用できるようなパイプラインをつくり、採用活動を行っています。
基本的な採用ニーズ、例えば年間の採用人数や人員配置などは経営側で決まっているため、その中でリソースプランをどう実現していくかということが重要になってきます。
タレントソーシングチームを立ち上げた背景を説明しますと、多くの現場のマネージャーは理想的な候補者を採用したいというニーズを持っています。
例えば、海外経験があり英語も出来て、技術力もあり、コミュニケーション能力も高い、など。ですが、すべての条件にあてはまる方を採用することは、基本的に不可能です。ただし、それを一方的に「できない」と決めるのも間違いだと考えています。大事なのは、マーケットインサイトを正しく理解したうえで、そうした議論をすること。
どこにどういった人材がいるのか、どういう人なら採用できそうなのか。そういった議論を現場と採用チームで行いながら、実現できることと、できないことをお互いに理解したうえで条件を見直し、採用活動を展開しています。
沼田(博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ):前提として、採用というのは現場の競争力向上に必要な人材を確保することだと考えています。
手順としては、大きく分けて2つあり、まずは現場の要員計画を単年度、中長期、あるいは中期経営計画などにもとづいて作成すること。そのうえで、実際に市場から必要な人材を採用する。これはある意味マーケティングであり、Wolly氏のおっしゃる通り、まさにマーケットインサイトの理解が必須だと考えています。
このマーケットインサイトを考える段階から現場を巻き込むことにより、「マーケットにこの要件をすべてみたす層はいないから、このくらいの基準にしよう」とか「この人材要件であれば、社内で新卒社員から育てることも大切だ」あるいは「このポジションはどうしても採用したい」など注力するセグメントを絞り込めるようになります。
人事採用担当になってからのこの2年間で思うことは、採用はまだまだマーケティングの応用が効く市場であるということです。
例えば、エンジニアであれば、エンジニアが集まるコミュニティが必ずあるはずです。そこを見つけてコネクションをつくり、採用活動をすることが大切になってくる。弊社では、リファラル採用も導入しました。このようにして、経営が決めた採用目標に対し、採用チームと現場が一緒になって達成していくような採用活動を行っています。
現場を巻き込んだ採用活動 -ディスカッション-
ーここからはディスカッションに移りたいと思います。採用活動にあたり、「業務が忙しい」などの理由から、なかなか思うように現場を巻き込めないとき、現場に対してどのようなはたらきかけをしているかお聞かせください。
Wolly:弊社では基本的に「採用は部門で行うべきこと」と認識しています。しかし、実際のところ、現実はそう甘いものではありません。
例えば、LinkedIn(リンクトイン)などでプロジェクトフォルダを作成し、見ておくように伝えても見てもらえず、「時間をください」とお願いしてもとりあってもらえないこともあります。そこで、まず必要となるのは現場へのコーチングだと気づきました。
期限や採用のスケジュール感は、事前のコミュニケーションが必要です。突然、何十人、何百人を採用するというのは計画的ではありません。その前段階できちんとコミュニケーションを取り、いつまでに、誰が、何をするかというリストをつくることが大切です。
このイベントの直前にも来年の採用プランを立てていたところですが、その場にはすべての部門の部長以上の人が参加し、誰がいつまでに何を行うかということを整理していました。そこで本当に現場の手が回らないようであれば、人事側でサポートして、きちんと採用が進められるようにしています。
「欲しい人材」が採用できるかどうかは、受け入れ部門次第です。「強い候補者」に対しては競合も多いですが、そうした候補者に来てもらえるかどうかは人事だけの仕事ではなく、現場の仕事でもあります。候補者にご入社いただけるかどうかは、現場がどれだけの時間を採用活動に使い、会社の魅力付けができるかによって変わります。このことについては、常に現場と議論しています。
また、現場以外の社内リソースを上手く調整できるかどうかも重要です。例えば、新規ビジネスを立ち上げて、そこに即戦力人材が必要なときに、採用だけではなく、社内の類似する部署から人材を異動させることができるかどうか。採用以外にもこうした調整ができることが重要です。弊社では、日本マイクロソフト内だけでなく海外の支社とも連携し、シンガポールや中国などからも異動が可能かどうかを含め、社内のリソース調整を行っています。
加えて、採用が難しいエンジニアに関しては、どうすれば採用できるかは日々考えながら現場とともに試行錯誤しています。うまく機能しているものの1つとしては、カジュアルイベントがあります。これは採用イベントのような堅苦しいものではなく、もっとカジュアルなコミュニティのイメージです。そこで、現場のエンジニアと一緒に、弊社に興味を持っていただけそうな方々に自社の魅力を伝えるようにしています。
平岡:現場の巻き込み方に関しては、新卒採用にはまだまだ課題を感じているところですが、キャリア採用においては事業部側の方が積極的になっているため、スカウト型の採用チャネルに一緒に取り組んでいます。
通常の採用チャネルでは、人材紹介会社から推薦していただいた方を評価することになるため、人事も現場も、ある意味顧客のような感覚になってしまいます。しかし、スカウト型の採用チャネルの場合、データベースの中から自社に必要な人材を自分たちで探し、こちらからお声がけするという手法になるので、人事と現場が一緒に採用活動をすることができます。
沼田:弊社では、新卒採用においては現場と一緒にビズリーチ・キャンパス(ビズリーチが提供する、大学生と活躍しているOB/OGをつなげる、OB/OG訪問のマッチングサービス)を活用しています。
大切なのは、現場と数値目標を共有することですね。採用というのは、マーケティングに近いという考え方をすれば、人事・採用チームも経営側からの数値目標を追うことになります。
例えば、あるポジションで10人採用しようということを決めます。さらに、その10人の中でも、リファラル採用経由で何人、ダイレクトリクルーティングで何人、求人媒体で何人と細かくわかれると思うのですが、その数字を現場と一緒に握るようにしています。そのように目指すべき数値目標を明確にすることが、現場の巻き込みに成功させる1つの要因になっていると思います。
ー事業に必要な人材を採用することは重要である一方、企業としては持続的な成長を見据えた採用も必要です。経営からの声と、現場からの声。この辺りのバランスはどのようにお考えでしょうか?
平岡:弊社では、新卒にしてもキャリア採用にしても、基本的に入社していただいたら定年まで働き続けてほしいと考えています。その観点で見ると、現場としては「この能力が欲しい」と思うような人であっても、他の部署での活躍が期待できない人を採用していいのかどうか、現場と人事部の間でせめぎ合いがあります。
しかし、高度専門人材にしかない、一定の専門性もどうしても必要です。そこで、ハイブリッド案として、高度専門人材用の待遇や福利厚生を含めた給与体系や、嘱託制度を導入することで、短期間でも味の素で活躍してもらえるようにしました。
特に、DXやM&A事業のプロフェッショナルとなると、長期での勤務を前提とした弊社の給与体系には合わず、嘱託が非常に多くなっていますね。その後、給与も考慮したうえで、正社員となるかどうかは本人に判断していただくような仕組みを現在考えています。
沼田:新卒採用の社員も含め、ずっと弊社で働き続けてもらうということは、ポジティブな意味であきらめています。
会社に魅力があれば残ってもらえると思うので、他社にはない個性を発揮しつつ、社会に貢献できるような場所としての魅力付けができればいいのではないかと考えています。これは採用した人がずっと弊社で働き続けてくれることを前提にしてしまうと破綻します。また、これからは嘱託や業務委託など、さまざまな雇用形態を用意することも大切です。
弊社ではグループとして3年間で約1,000人のDX人材を増やすことを目標としていて、そのうち400人は外部から採用する予定です。残りの600人は、社内での育成と、新卒の育成、グループ会社での人材確保によって増やしていく予定です。
一方で、「アクハイアリング」や業務提携などの採用手法もあり、さまざまな手法を組み合わせて必要な人材の確保を進めていきます。どの手法が最適かは、そのときどきのビジネス上の課題に応じて選択していきたいと思っています。
採用活動では、「採用する」ということをゴールにするのではなく、「採用した方が会社で活躍する」あるいは「採用したことで事業が成功する」というところにきちんとゴール設定をし、逆算して考えることが大切ということが言えそうです。
ー新卒採用に関して、現場に協力を得る際に人事部として求める人物像などのレクチャーはしているものの、定量的な振り返りをした結果、必ずしも想定通りにならないことがあるのですが、どのように対応していますか?
Wolly:これに対する正しい答えというのはないと思いますが、弊社では過去数年でいくつかのワークショップを開きました。現場の採用マネージャーと3時間から5時間かけてどこにどのような問題があるのか、問題を一つずつクリアにしていきました。これで8割がた整理できると感じています。現場の採用マネージャーを巻き込み、時間をかけて話し合うことが重要だと考えています。
沼田:Wolly氏のお話に近いのですが、定量的に面接官に指摘するようにしています。もう1つ、やって良かったものとしては、新入社員の定着率に課題があった場合などに「こういう人はなかなか定着しづらいから、こういう基準を持とう」と、具体的なフィードバックをすることです。現場も忙しいので、データを根拠として見極めの精度の低い人にフィードバックをすることが必要だと思っています。
ー採用活動は年間を通して取り組むため、どうしても「採用だけ」に注力してしまいがちです。人事として、採用以外の全社の人材活用をどうしていくか、という議論は行っていますか?
沼田:弊社にも同じような悩みがありますが、その解決には採用チームのローテーションが必要だと思っています。採用のプロを育てることも大切ですが、それに関してはメソドロジー(方法論)で質を担保します。採用はマーケティング観点が身につき、弊社の元々の事業内容とも近いので、ローテーションをすることで採用だけに閉じてしまわないように心がけています。
また、人事局ではタレントマネジメントを担当している部門が隣接していて、そこと綿密に連携するようにしています。「この部門で最近、退職が多い」や、「この事業が伸びていて人員が足りていない」などの情報を早い段階でキャッチアップし、採用チームのメンバーやタレントマネジメントのチームと情報共有していくことなども考えています。
Wolly氏:採用はスピード勝負なので、現場と一緒にタレントプールをつくるというのも、今後は重要になってくるかもしれません。現状でポジションがなくても優秀な候補者と接点を持ち続けることは重要であり、採用だけではなくそういったタレントプール体制をつくれるかどうかの検討を現場と一緒にすることも重要だと考えています。
現場を巻き込んだ採用活動 -ディスカッションを終えて-
―最後に、ディスカッションを終えた感想や、人事に携わる方へのメッセージをお願いします。
平岡: 本日のアドバイスや気づきを上手く自社に取り入れて、いかに現場を巻き込んでいくか、丁寧にPDCAを回していきたいと思います。人事の成果はなかなか定量化できないことが課題であり、結果もすぐには出にくいものですが、逃げ道を考えるのではなく退路を断ち、目標に対してどれだけ努力するかが大事なのではないでしょうか。
Wolly:人事というのは、実にタフですが、美しい仕事です。リクルーターは心が折れることもあると思いますが、現場と最終的なゴールは同じなので、きちんとコミュニケーションをとりながら、お互いに助け合うことが大切です。一緒に頑張りましょう。
沼田:今回は、これからやろうとしていることも織り交ぜながらお話しましたので、まだまだ結果の出ていない部分も多いと思っています。
人事に悩みはつきものですが、とある人事の先輩に「候補者は(結果として)噓をつくことがある」という言葉を教わったことがあります。第一志望だと言いながら、最後には他社に入社してしまうこともあります。そうしたことで落ち込むこともあると思いますが、お互いの疑心暗鬼によるコミュニケーションロスを防ぐためにも、透明性や公平性をわれわれ採用側が候補者に伝えていかなければいけません。
テクノロジーを使うことで、少しずつ採用の透明性、公平性が担保していけるようになれば、日本の人材市場は健全に成長していくでしょう。そのためにも、われわれ人事パーソンがそういう姿勢を持つことが重要なのではないかと思います。
※所属・肩書き等はイベント当時のものです。