人事が企業の成長を決める―ダイナミック・ケイパビリティを活用した人材戦略

人事が企業の成長を決める―ダイナミック・ケイパビリティを活用した人材戦略

現代のビジネス環境では、急速な技術革新や市場の変化に対応できる組織力が求められています。そんな中で注目を集めているのが「ダイナミック・ケイパビリティ」です。

本記事では、慶應義塾大学名誉教授の菊澤研宗教授に、ダイナミック・ケイパビリティの視点から、組織の変化対応力を高めるために人事が取るべき行動について話を伺いました。

菊澤 研宗

プロフィール

菊澤 研宗

慶応義塾大学 名誉教授 城西大学大学院 経営学研究科長

防衛大学校教授、中央大学教授、慶應義塾大学商学部・商学研究科教授を経て現在に至る。その間、ニューヨーク大学経営大学院1年、カリフォルニア大学バークレー校経営大学院2年客員研究員として従事。日本経営学会理事、経営学史学会理事、経営行動研究学会理事を歴任し、現在、戦略研究学会副会長(2022年~)、経営哲学学会会長(2024 年〜)に就任。主な著書に『指導者の不条理(PHP 新書)』PHP 研究所、『成功する日本企業には「共通の本質」がある—「ダイナミック・ケイパビリティ」の経営学』朝日新聞出版、『組織の不条理―日本軍の失敗に学ぶ(中公文庫)』中央公論社がある。

ダイナミック・ケイパビリティとは?変化対応力の重要性

──なぜ今、ダイナミック・ケイパビリティが、注目されているのでしょうか?

ダイナミック・ケイパビリティとは、(1)環境の変化をいち早く感知し(センシング)、(2)そこに新しい機会を捉え(シージング)、(3)既存の人的・物的・知識的資産を再構築・再配置・再利用して自己変容(トランスフォーミング)する一連の変化対応力のことです。それは、経営学上ではずっと前から注目されてきた概念ですが、日本で注目されるようになったのは最近のことです。

多くの研究者がダイナミック・ケイパビリティ論に関心を持っていましたが、なかなか実務の現場には浸透していませんでした。ところが、近年、予期せぬコロナ禍、戦争、自然災害などが次々と発生し、変化が常態化する時代となり、このような時代に必要な能力として変化対応力つまりダイナミック・ケイパビリティが注目されるようになったのです。

今日、ダイナミック・ケイパビリティはさまざまな分野で注目されていますが、特にIT業界での関心が高まってきています。日本のIT業界は、これまでのビジネスモデルを見直し、変革する時期に来ています。

 従来から、日本のIT企業はシステムインテグレーション型の手法で、特定の企業の要望に応える固有のシステムを構築してきました。しかし、この手法ではもはや時代の変化に対応できなくなってきています。今後は、海外のIT企業のようにクラウドを活用し、誰もがサブスクリプション形式で利用できるシステムやアプリケーションを開発することにシフトしていかなければ、他国との競争に負けてしまうでしょう。

ところが、日本のIT企業がこのような変化を起こす場合、これまでのビジネスモデルと新しいビジネスモデルがカニバリゼーション(共食い)を起こす可能性があります。そのコストがあまりにも高いので、今日、日本のIT企業はわかっていても変化できないという不条理な状況に陥っているように思います。

自己変革によって、そのコスト以上のメリットを生み出す能力が、ダイナミック・ケイパビリティです。企業は従来のやり方ではなく、環境の変化に対応して柔軟かつ迅速に人的・物的・知識的資産を再構築・再配置・再利用していくことが求められています。

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変化に対応する組織の作り方

──ダイナミック・ケイパビリティの考え方を導入すると、どのようにして企業は持続的に成長していくのでしょうか。

企業には基本的に2つの能力があり、その2つの能力を変化する環境の中で適切に発揮することによって企業は持続的に成長することができます。

  • オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)

オーディナリー・ケイパビリティとは、すでにあるビジネスモデルのもとで無駄を排除する内向きの能力です。コスト削減を徹底的に行い、利益最大化と効率性を追求する業務遂行力です。

  • ダイナミック・ケイパビリティ(変化対応力)

ダイナミック・ケイパビリティは、(1)環境の変化をいち早く感知し、(2)そこに新たな機会を捉え、(3)既存の資産を再構築・再配置・再利用して環境に適応する外向きの能力です。それは、既存のビジネスモデルを変革し、新しいビジネスモデルを構築して環境に適応し、付加価値や売上高を伸ばして生産性を高める能力です。

現代の企業経営において環境の変化に適応するためには、これらオーディナリー・ケイパビリティとダイナミック・ケイパビリティを、相互作用させることが求められています。

より具体的に説明すると、まず企業は既存のビジネスモデルのもとでオーディナリー・ケイパビリティを活用し、業務の効率化やコスト削減を図ります。しかし、環境は絶えず変化しているので、既存のビジネスモデルのままでは環境との間にズレが生じ、やがて環境によって企業は淘汰される危機にさらされます。

このような危機を回避するために、ダイナミック・ケイパビリティを用いて環境の変化に対応するように既存のビジネスモデルを変革し、新しいビジネスモデルを構築して移行することで、企業は持続的に成長することができるのです。

この同じサイクルを繰り返すことによって、企業は変化に適応しながら持続的に成長を続けることができます。

──ダイナミック・ケイパビリティを発揮している企業の事例があれば紹介いただけますか。

例えば、「Terra Motors株式会社」は電気自動車の世界的なトレンドをいち早く感知し、バイク利用者の多いアジア市場に新しい機会を見出し、アジア諸国で電動バイクの生産販売に踏み切りました。まさに、環境の変化をいち早く感知し、そこに新しい機会を見出し、新事業を展開したボーングローバル(生まれながらにしてグローバル)企業です。

また、スタートアップでは「Spiber株式会社」も変革し続ける企業の代表例です。蜘蛛の糸を人工合成する技術をベースに、環境の変化を絶えず感知し、新しい機会を次々と見出して、スポーツウェアから化粧品までさまざまな分野にビジネスを展開し、絶えず自己変容しています。

このように、今日、ダイナミック・ケイパビリティは大企業だけでなく、ボーングローバル、スタートアップ、そしてニッチトップと呼ばれる中小企業にも求められる能力となっています。これからの企業経営にとって、現状維持ではなく、常に変化を感知し、そこに新しい機会を捉え、自己変容することが求められています。この変化対応力つまりダイナミック・ケイパビリティを発揮できる企業こそが、勝ち残り続ける存在となります。

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次世代のリーダーに求められること

──ダイナミック・ケイパビリティが重要視されている中で、企業のリーダーに求められることは何でしょうか。

頭のよい人は、一般に損得計算原理に従って行動します。つまり、与えられた状況を損得に還元し、プラスならば行動し、マイナスならば行動しない。しかし、本当のリーダーに必要なのは、そのような損得計算原理だけでなく、より高次の立場から倫理的にも正しいかどうかを重層的に価値判断して行動できる人物です。つまり、まず徹底的に損か得かを計算し、その上で得することを行うことが倫理的にも正しいかどうかを価値判断ができる人が、人の上に立つリーダーには必要となります。

損得計算原理だけで行動する人物が組織のリーダーに立つと、絶えず徹底的に利益をあげようとします。そのようなリーダーを見て部下は育ちますので、不正をしてでも利益を上げようとする部下が育成されてきます。こうして、組織は倫理観の欠如した黒い組織になっていきます。

しかも、損得計算原理に従うリーダーは、大抵、データを重視するので、データの得やすいオーディナリー・ケイパビリティにもとづく既存のビジネスモデルに固執し、データのない新規のビジネスモデルへの関心は薄く、それゆえダイナミック・ケイパビリティを行使して自己変革しようとはしません。

何よりも、ダイナミック・ケイパビリティを発揮するには、損得だけではなく、正しいかどうか価値判断して行動できるリーダーが必要となります。価値判断は主観的なので、当然、そのような判断に対して責任をとるという勇気がリーダーには必要となります。

そのようなリーダーは、時には明らかに儲かるビジネスでも正しくないと価値判断して中止したり、儲からないと思えるビジネスでも正しいと価値判断すれば実行したりします。それゆえ、変化が常態化する世界でダイナミック・ケイパビリティを発揮することになります。

そして、そのようなリーダーの価値判断を正しいと判断する部下だけが組織に残ることになるので、組織に価値が注入され、不正を起こさない組織文化や組織風土が形成されます。このような価値判断のできる人材は希少であるため、価値判断能力の育成も重要です。

──価値判断能力は、どのように養われるのでしょうか。

価値判断能力を養うのは難しいですが、実際にそのような上司と仕事をするという経験やケーススタディをもとに、価値判断の重要性を学ぶ機会を作ることが大切だと思います。

例えば、医者から自分の親の死期が近くなった時、延命治療を行うかどうかが問われる。また、海で自分の子どもが溺れているとき、自分も死ぬ可能性があるにもかかわらず、果たして助けに行けるかどうか。このように、世の中には損得計算では解決できないことが多くあります。このような事例に出会った場合、自分ならどうするかという思考実験を行うことが、価値判断能力を養うことにつながる可能性があると思います。

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人事部門に求められるダイナミックな役割

──ダイナミック・ケイパビリティが注目される中で、どのように人事制度を見直す必要があるのでしょうか。

ダイナミック・ケイパビリティ論は、基本的に変化が常態化する世界を対象としていますので、問題が出たらすぐ見直した方がよいと思います。例えば、大学では4年が1サイクルのため、カリキュラムを変更した場合、とりあえず4年間は様子を見るべきという固定観念があります。しかしそうではなく、少しでも異常を感じたら修正すべきだと思います。

これは企業の人事制度でも同じです。一定期間を待って人事制度の見直しに対応するのでは、企業も人も変化が難しくなってしまいます。というのも、変革すべきことが多くなり、変革をめぐるコストが大きくなるため、変化しない方が合理的という不条理に陥ります。

ダイナミック・ケイパビリティは、変化し続けることが当たり前の中で「安定し続けていることが異常」という発想の理論です。だからこそ、環境の変化に柔軟に対応できる組織づくりが、これからの人事部門には求められると思います。

──これからの人事部門ではどのような役割が重要になりますか。

企業の変革を実現する上で、人材の適切な再配置・再利用が重要な要素となります。

既存のビジネスモデルのもとでは業務の型がすでに決まっているので、オーディナリー・ケイパビリティを用いて本社や工場などの職務区別に応じてコスト削減するように人材を再配置する必要があります。

 しかし、環境の変化に対応してビジネスモデル自体を変革する場合には、ダイナミック・ケイパビリティによって新しい業務システム自体を再構築し、人材の再配置・再利用を考えなければなりません。

企業がこのような変革期を迎える時、人事が対応すべき課題として「内部労働市場を活用して変化に適応するのか、外部労働市場を利用するのか」という選択問題に迫られます。

政府や経済産業省は、経済学的な観点から外部労働市場の活性化を推奨し、外部人材の活用を推進する方針を示しています。必要な人材を外部から調達すべきだという考え方であり、このような変化対応力を企業のダイナミック・ケイパビリティと解釈したいようです。

しかし、経営学的な観点からすると、それは最適解とはいえません。なぜなら、外部から人材を採用する場合、多くの駆け引きが発生し、多大な交渉取引コストが発生するからです。騙し合いが起こる可能性もあるので、中途採用は難しいという声が人事担当者から聞こえてきます。

これに対して、変化に対応する場合、内部人材を再配置・再利用する方が比較的取引コストは小さいので、まず内部労働市場を活用すべきだと思います。そして、内部人材だけで対応できない場合、必要に応じて外部人材も活用するというハイブリッドなアプローチの方がよいと思います。

このように、ダイナミック・ケイパビリティは人事政策にも密接に関連するため、今後は、より柔軟でダイナミックな人材戦略が求められていくと思います。今日、ジョブ型雇用が推奨されていますが、欧米流の堅固なジョブ型ではなく、日本的な柔軟なジョブ型雇用がベターだと思います。

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