職場でのストレスが離職の引き金になる前に。人事が取るべき対応とサインの見極め方<奈良大学 與久田 巌教授>

職場でのストレスが離職の引き金になる前に

職場におけるストレスは、個人だけの問題ではありません。企業、そして社会全体に関わる重要な課題です。

2009年頃に慶應義塾大学の「マインドフルネス&ストレス研究センター」が出した試算によると、ストレスやメンタル不調による日本企業の経済損失は、毎年数兆円にのぼるとされています。

離職を防ぎ、健全な職場環境を構築するために、人事担当者にはどのようなアプローチが求められるのでしょうか。本記事では、人事や組織行動に関連した職場ストレスとメンタルヘルスに関する研究を行う、奈良大学の與久田巌教授に話を伺いました。

與久田 巌

プロフィール

與久田 巌

奈良大学 奈良大学社会学部心理学科教授

専門:産業・組織心理学 略歴:琉球大学法文学部社会学科 教育・心理学専攻卒業。関西大学大学院社会学研究科博士後期課程 社会心理学専攻 単位修得退学。児童相談所心理判定員、大学・短期大学・大学院非常勤講師、大阪夕陽丘学園短期大学 助教、准教授、教授などを経て2021年奈良大学着任。公認心理師

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静かに進行する離職リスク。職場でのストレス要因と従業員のサイン

―現在の職場において、特にストレスを感じやすい職場環境の特徴は?

ストレスを感じやすい職場には、主に3つの特徴があります。1つめは業務過多です。
量または質、あるいはその両方が過剰である場合に当てはまります。自分の担当範囲が明確でない場合も、何をどこまで対応すべきかがわからず、不安や負担を感じやすくなることがあります。

2つめは人間関係です。
上司や部下、同僚同士のコミュニケーション不足、ハラスメント、いじめなどの問題が要因になります。

3つめは、職場におけるサポート体制の不足です。
業務過多や人間関係に問題があっても、職場のサポート体制が整っていれば、精神的に持ちこたえられる場合があります。しかし、職場でのサポートがないと、ストレスが高まりやすい状況に陥ってしまいます。

―ストレスが原因で離職する従業員には、どのような共通点があるのでしょうか。

ストレスが原因で離職に至る方の共通点として「仕事への満足度が低い」もしくは「不満が大きい」という点があると思います。

また、「この仕事を続けても成長できない」「キャリアアップにつながらない」といった成長実感のなさも大きな要因です。

「このままこの会社にいて将来はあるのだろうか」と不安を感じ、自分がステップアップしていると実感が持てないケースです。

重要なのは、これらすべてが離職者に共通しているのではなく、人によって何が最も重くのしかかっているかが異なるという点です。

たとえば、人間関係に強く悩む方もいれば、キャリアの停滞を問題視する方、あるいは心身の限界を感じて退職に至る方もいます。

「共通点」と捉えるよりも、複数の要因が重なったときに離職リスクが高まると考える方が実態に即しているでしょう。

―従業員が離職に至る前に、人事担当者が気を付けるべきサインがあれば教えてください。

職場でストレスを抱えている従業員には、心理面・身体面・行動面の3つの側面において異変が見られます。

心理面では、やる気の低下やイライラ、沈黙、普段より多く話すなどの変化です。

身体面は「肩こりがひどい」「片頭痛が続く」「疲労感が取れない」「睡眠の質が悪い」といった身体の不調です。これらの身体の不調も、ストレスのサインである場合が多く見られます。

そして行動面では、仕事の作業量やアウトプットの低下、ミスの増加、遅刻・欠勤の頻度が増えるなどの変化です。人事担当者は従業員のサインに気づき、日頃の様子と比較して、違和感に気づくことが重要です。


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従業員の離職を防ぐために。人事が今すぐ取り組むべきステップ

―離職を防ぐために、人事担当者が優先的に取り組むべきことは何でしょうか?

最優先で取り組むべきことは、先ほどお話しした心理面・行動面・身体面の3つのサインに気づくことです。人事担当者には、そのようなサインに気づける感度の高い視点が求められます。

サインに気づいたあとは、本人へのアプローチが必要です。これは会社によってやり方がまったく異なると思います。

上司が対応すべきか、人事内で完結させるべきか、それとも外部と連携すべきか——さまざまな判断があります。

―本人へのアプローチに関して、具体的にはどのような方法があるのでしょうか?また、誰がアプローチすべきかについても教えてください。

企業によって多少異なるとは思いますが、人事が介入し対応するケースが多く見られます。

大企業によっては、社内にカウンセラーを雇っているケースもあるでしょう。心の専門家や産業医など、専門スタッフが対応することもあります。

とはいえ、最初の段階で誰が対応するのが適切かという点でいえば、直属の上司が適任であると考えられます。

日常的に接している上司が、最初のアプローチを担うのが自然で、タイミング的にも早く動ける可能性があります。

人事は、その次の段階になる「第二選択」として関与するのがよいのではないかと思います。

もちろんケースによっては人事が最初に動くこともあると思いますが、初動は上司が担い、その後必要に応じて人事が支援するという体制が望ましいでしょう。

<関連記事>1on1とは?実施の目的や効果、トーク例などを解説

―中小企業などではリソースが限られている場合もあるかと思います。そのような企業の場合、どうすればよいと思いますか?

その場合は、EAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)のような、外部の支援サービスを活用するのも選択肢のひとつです。

<関連記事>EAP(従業員支援プログラム)とは?従業員のメンタルヘルス対策とその効果

また、外部の支援サービスを利用するにあたって「メンタルヘルス 研修 提供業者」といったキーワードでWeb検索してみるのがよいでしょう。このキーワードで検索すると、次のような情報が出てくるはずです。

  • 個人カウンセリングを提供している企業
  • 従業員向けのメンタルヘルス研修を行っている団体
  • ストレス対策やスキルアップのための研修を実施している企業

必要な支援を自ら探し、主体的に選択する姿勢が求められます。

外部の専門業者に協力を仰ぐことで、人事担当者の負担を軽減しつつ、社員への適切なサポートが可能になると思います。

大切なのは必要に迫られてから対応するのではなく、問題が起きていない段階から仕組みづくりを行うことです。その場で不調者に対応して終わり、という「対症療法」的なやり方では、ノウハウが属人化し、組織に知見が残らないおそれがあります。

そのためにも、担当者が変わっても継続できる支援体制を構築しておくことが不可欠です。

「ストレス=悪」ではない。これからの職場づくり

―ストレスによる離職を減らすために、人事担当者はどのような点を意識して職場環境を作るのがよいのでしょうか?

前提として、ストレスと業績の関係は一直線に比例するものではなく、「逆U字型」の関係があるとされています。

たとえば横軸に「ストレスの程度」、縦軸に「業績や成果」をとった場合、ストレスが高すぎても成果は下がりますし、逆にストレスが低すぎても成果は上がりません。

ちょうどいいバランスを取ることで、最も高いパフォーマンスを発揮できます。

つまり「ストレスは低ければ低いほどいい」とは言い切れないことを念頭に置く必要があります。

「ストレス=悪」という見方だけで環境を整えると、かえって逆効果になることもあるのです。ストレスをゼロにすることではなく、適切なバランスを保つことが重要です。

また、最近注目されているキーワードとして「心理的安全性」が挙げられます。GoogleやMicrosoftといった企業が重要視して、成果を出している考え方です。メンタルヘルスや職場改善の文脈でも「心理的安全性」は有効だと考えています。

人事担当者としては「ストレスの適切なバランス」や「心理的安全性」といった考え方を、頭の中に入れておいてほしいと思います。

<関連記事>ストレスマネジメントとは?企業が行う効果と実践方法を詳しく紹介

―職場環境をよりよくするために、何か参考になる情報はありますか?

ぜひ見ていただきたいのが「健康経営優良法人」という認定制度です。

経済産業省などが主体となって実施している制度で、健康経営に積極的に取り組む企業が認定されています。大規模法人部門だけでなく、中小企業部門もきちんと用意されています。

人事担当者には「自社だったら何ができるだろう?」「同じ業種ではどんな企業が取り組んでいるんだろう?」と、自らアクションを起こす姿勢を持っていただきたいです。

ご自身や自社にとって最適な取り組みを見つける参考になれば幸いです。


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変化の時代に見つめ直す職場のストレス対策

―最近ではリモートワークやハイブリッドワークを導入している企業が多く見られます。従来とは異なる職場環境の中で、従業員がストレスで離職しないために、企業側ができる対応はありますか?

リモートワークやハイブリッド勤務との関係で重要になるのが、ルーチンを作ることだと思います。

たとえば、リモートワークやフレックスタイムを導入していると、昼休みの休憩時間や始業・終業のタイミングなどが、曖昧になりがちです。

業務時間をきちんと区切り、日々のリズムを作っていくことが、生産性やメンタルヘルスの安定に直結します。

次に大切なのが「積極的なコミュニケーションの機会を設けること」です。

従業員の孤立感を減らし、オン・オフの切り替えを明確にすることが大切です。また、スケジュールやタスクの管理には、アプリなどのツールを活用するのも効果的です。

<関連記事>人的資本を高める健康経営の注目度と推進方法

―最後に、人事担当者様へのメッセージをお願いします。

多くの企業がメンタルの不調を予防することの重要性を理解している一方で、具体的な対策は後回しにされがちです。

しかし、仮に従業員1人がメンタル不調で休職した場合、企業にとっての損失は非常に大きなものになります。

休職者1人が出ただけでも、組織の生産性やチーム全体の士気にも影響します。ましてや離職となれば、その影響は計り知れません。

ストレス対策は「いつかやろう」ではなく、今このタイミングで取り組むことが重要です。

この記事が、よりよい職場づくりに向けた第一歩となることを願っています。

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