目次
リスキリングが注目される裏に、本質的な人材育成の課題が隠れています。
特に、部下育成と成果責任のはざまで揺れるミドル層は、自身のキャリアや成長との向き合い方に悩んでいる傾向があります。
本記事では、東京都立産業技術大学院大学の三好きよみ先生に、リスキリングの本質や企業にできる学びの場づくりについて伺いました。

プロフィール
三好 きよみ
東京都立産業技術大学院大学教授
企業の持続的な成長につながる「1on1」とは?
11の1on1テーマ、チェックリスト等、1on1の基礎から具体的な進め方まで解説
リスキリングの本質とは? 内発的な変化を促すリスキリングへ
── そもそも、リスキリングは何のために行うものと考えるべきでしょうか?
心理学の観点から、「人が生涯を通じて成長し、変化に適応するための営み」として捉え直すことが大切だと考えています。リスキリングとは「スキルの再習得」や「学び直し」ですが、それだけを目的にしてしまうと、ただの研修制度になってしまいます。
たとえば、生涯発達心理学では、人の成長は青年期で終わるのではなく、高齢期まで続くとされています。その過程には必ず「発達課題」があり、環境の変化や役割の変化に応じて、乗り越えるべき壁が現れます。
── 発達課題とは、具体的にどのようなものでしょうか?
発達課題とは、わかりやすくいうと、「人生の節目ごとに直面する乗り越えるべきテーマ」のことです。
たとえば、若手は、学生から社会人になったときに、理想と現実のギャップに戸惑う「リアリティショック」に直面することがあるほか、ミドル世代になると、部下の育成や家庭との両立といった新たな役割に悩むことが増えます。
さらに高齢期には、定年後の役割の模索など、人生の意味や生き方そのものに目が向くようになります。
こうした課題は一人一人のライフステージに応じて現れますが、共通して言えるのは、モヤモヤを抱えるなかで、人は自分を見つめ直し、更新する必要があるということです。
そのプロセスにおいて、学びは非常に大きな意味を持ちます。自発的なリスキリングが助けになることもあるでしょう。
── 「自発的な学び」を促すには、どのような環境が大事ですか?
「やらされる」研修ではなく、本人の内発的な動機に基づいた環境づくりが重要で、社員が学びに対して義務感や負担を感じさせない工夫が必要です。
社員のなかには、「学んでいると転職を考えていると思われそう」「仕事を優先すべきだと言われるかも」などと思い、リスキリングに積極的になれない人もいるでしょう。自発的な学びを促すには、学びたい気持ちを尊重する文化の醸成が大切です。
だからこそ、企業側ができるのは、社員が変化を恐れず動き出せるような心理的ハードルを下げる場を整えることだと思います。
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納得感のある評価を効率的に行うための仕組みを整備し、従業員の育成や定着率の向上に効果的な機能を多数搭載
・360°フィードバック
・1on1レポート/支援
・目標・評価管理
・従業員データベース など
ミドル層に必要なのは「語れる場」
── ミドル層は、部下育成だけでなく自分自身のキャリアにも悩みが多い世代だと感じます。
そうですね。ミドル層はいわば「板挟み」の世代で、上からの期待と下からの信頼の間で揺れながら、家庭での役割や年齢に伴う体力の変化といった個人的な事情も重なり、複雑な葛藤を抱えがちです。
そのなかで、「自分のキャリアをこの先どう描けばいいのか」と悩む声は、私のもとにも多く届いています。
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── そうした世代には、どのような学びの機会が有効なのでしょうか?
この世代にとって大切なのは、まずは立ち止まって自分を見つめ直す時間です。
過去を振り返り、「これから何を大切にしたいか」を言語化することで、次の一歩が見えてきます。
有効なのは、同じ立場の人同士で悩みや経験を共有できる場をつくることです。
形式張った研修ではなく、共感を軸にした対話の場の方が、心が開き、自然と学びへの意欲につながりやすいと感じています。
「考える場」や「話せる場」を用意することが、キャリアの再設計やリスキリングのきっかけになると感じます。
── 研修ではなく「場づくり」という意識が必要なんですね。
「自分だけじゃない」と感じられることが、次の一歩への原動力になることも少なくありません。
また、キャリアの視野を広げるには、仕事の枠を超えた活動も大切です。趣味や社外のつながりなど、業務と直接関係のない場での経験が、結果的に仕事に生きることもあります。
キャリア育成は、内面と向き合い、「これからどうしたいか」を考える時間や場を持つことこそが、成長の支えになります。ミドル層のキャリア支援には、共感できる場や、仕事外の価値観に触れられるきっかけをどう設計するかが問われていると感じます。
1on1の質を高める傾聴スキルと環境設計
── 近年、1on1ミーティングが注目されていますが、形骸化しているという声もあります。
実際に「1on1を実施しているが、ただの業務報告で終わっている」という声は多く聞かれます。1on1の本質は、表面的なやりとりではなく、本人も気づいていない悩みや思いを対話のなかで引き出すことです。
とはいえ、現場では上司に時間的余裕がなかったり、傾聴のスキルが十分でなかったりと、形骸化につながる背景も確かにあります。
だからこそ、組織としては1on1の質を高めるための環境づくりや、上司側へのスキルトレーニングに取り組む必要があります。
1on1は「実施しているか」ではなく、「どれだけ対話の質を高められているか」が問われているのだと思います。
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── 対話の質を高めるためには、何を意識すればよいのでしょうか?
重要なのは「傾聴」です。
ただ相手の言葉を聞くだけでなく、相手の思いや背景に耳を傾けます。
多くの人は、会話の最中に自分の次の発言を考えてしまいがちですが、それでは本当の対話にはなりません。
私自身も、カウンセリングの実践を通じて、「聴くことはスキルであり、訓練が必要なもの」だと痛感しました。自然にできる人は少なく、意識的に学び、練習を重ねることではじめて身につくものです。
「対話力の向上」というとテクニックやノウハウが注目されがちですが、まず必要なのは人と向き合う力を育てることです。ITや業務スキルと同様に、傾聴もまた、今の時代に必要なスキルのひとつだと考えています。
制度は土台にすぎない。「また学びたい」と思わせる体験設計が文化をつくる
── 制度やツールを整えるだけでは、リスキリングは根づかないという声もあります。
そうですね。リスキリングは経営層が主体となり、本気で推進する必要があります。
就業時間内に学習の時間を確保したり、評価制度と連動させたりといった制度面の工夫も重要ですが、それだけでは社員の行動は変わりません。
実際に学んだ社員が体験を言葉にし、成功体験を社内で共有することで、リスキリングは広がります。制度はあくまで土台にすぎず、学びを前向きに語り合える空気こそが、リスキリング文化をつくるでしょう。
── そのためには、初回のリスキリング体験が重要ですね。
初回のリスキリング体験をどう感じるかは、その後の学びの継続に大きく影響します。「楽しかった」「役に立った」といったポジティブな実感が得られれば、学ぶことへのハードルが下がり、次の行動にもつながります。
たとえば職場の延長のような研修ではなく、大学の公開講座や社会人向け講座といった学びの場を活用することが効果的です。
異業種・異世代との交流は自分の視野を広げるきっかけになります。これは、通常の社内研修では得にくい体験です。
だからこそ、初回は多少「無理やり」体験させてみてもよいかもしれません。リスキリングを企業の文化にするためには、「また学びたい」と思える体験設計が重要です。
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── 最後に、人事担当者に伝えたいメッセージがあればお願いします。
キャリアは会社が与えるものではなく、自分でつくるものだと考えています。「今いる組織のなかでどんな経験を積みたいか」「何を学びたいか」を主体的に考えることが、変化の激しい時代を生き抜く土台にもなります。
だからこそ、企業側には、制度だけでなく日々の対話や空気づくりの面からも考え続けてほしいです。
社員一人一人の思いや意志に耳を傾け、長い目で育てていくことが、これからの組織づくりに求められるのではないでしょうか。
また、これからは一度退職した人が、別の経験を経てまた戻ってきたいと思えるような会社であることも重視されるでしょう。企業や個人にとって、キャリアは一方通行ではなく、再びつながる可能性がある──その前提に立った人事戦略が、今後ますます重要です。