企業によって活用の方法や考え方もさまざまな、人事データ。「人事データ活用最前線」特集では、実際に積極的に人事データ活用を行っている企業への取材を行い、人事データ活用における重要なポイントや具体的な取り組みについて伺います。
今回の事例は、株式会社ニトリホールディングスにおける人事データ活用ついて、組織開発室室長の永島寛之さんに取材を行いました。前編では、ニトリにおける人材教育の考え方についてお話を伺いました。後編では、現在行われているデータ活用施策に関して掘り下げます。
前編はこちら
【ニトリホールディングス/永島氏】タレントマネジメントは一人ひとりが生み出す付加価値の最大化-前編-
永島 寛之氏
株式会社ニトリホールディングス 理事/組織開発室 室長
1998年東レ入社。法人・海外営業に従事後、2007年にマーケティングマネ ジャーとしてソニーへ。2013年に米国で初出店を果たしたニトリへ入社。入社後は国内店舗の 店長を経て、2015年より採用責任者、2019年3月より人事・組織開発の責任者へ。
・入社手続きの効率化
・1on1 の質の向上
・従業員情報の一元管理
・組織課題の可視化
人事のミッションは従業員一人ひとりが、パフォーマンスを発揮できる環境をつくること
―前編では、二トリの独特な配転教育について、会社やそこで働く一人ひとりが実現したい未来と日々の仕事を「連動」させていくことの大切さについて伺いました。ここからは、そういった配転教育を実施するためにニトリではどのように人事データを活用しているかについて、お伺いしたいと思います。
永島: 私たちは、2019年から、タレントマネジメントシステムを導入し、人事領域におけるテクノロジーの活用へ本格的に取り組み始めました。
―どのような背景があって、タレントマネジメントシステムを導入することにしたのですか?
永島: ニトリが企業として、非連続で大きな成長をしていくためには、人事にテクノロジーの力が必要だと考えました。
元来強みであった「人」の力をより引き出すためには、人事も変わらなければなりません。ニトリが掲げるビジョンは、2032年までに売上高3兆円。今まで通りのやり方で、毎年同じことをコツコツ積み上げて達成できる数字ではありません。どうすれば全社で非連続な成長ができるだろうか。そのための手段の1つが、人事データ活用です。
―現在ニトリで行われている人事データの活用は、どのようなものなのでしょうか?
永島:人事データというと定量的なものを集めて、分析していくイメージを持つ方が多いかもしれませんが、私たちは定量データだけではなく定性的なデータをいかに定量化して収集できるか、という点も重要視しています。
年次や異動履歴だけで、その人のことを本当に知ることはできません。やや細かい話にはなりますが、例えば社内コンテストの参加歴。参加の有無やそのときの成績だけではなく、社内コンテストに対してどのような姿勢で取り組んでいたか、熱意も含めてデータとして残す取り組みをしています。あるいは、数多くあるe-ラーニングの受講履歴から、その人の興味関心やスキルを知ることもできますよね。そういった形で、定量に限らず、定性的なデータまで、従業員一人ひとりに関するできるだけ詳細な情報を集めること。その人にとってベストな成長や配置を考えていくためには欠かせないことだと思います。
―定量的なデータだけではなく、そういった定性的なデータも含めて活用することで、本当に従業員一人ひとりに活躍してもらうことができるようになるんですね。
永島:ニトリで働く従業員一人ひとりが、今いる場所でやりがいを感じながらパフォーマンスを発揮できる環境をつくることは、人事として非常に重要なミッションです。少し話がそれるかもしれませんが、そういった環境をつくることが、結果として離職防止にもつながると、私は考えています。
―離職防止になるとは、どういうことですか?
永島:
離職防止の一般的な取り組みは、何らかの退職の予兆となるようなアラートの検知や、あるいは本人から退職の意思表示が発せられたときにはじめて何らかの対応を行うといった、「離職防止」を目的に行われるアクションが多いと思います。
しかし、大体の場合、その時にはすでに手遅れのパターンが多いです。退職の兆候や意思表示を受けてなんとかしようとするのではなく、そもそも退職を考える暇もないような、熱中できる環境をつくること。そのような環境で、全員が力を発揮できるためにどうすればいかを考えていくことが、本来行われるべき離職防止策ではないでしょうか。だから、「離職防止」という言葉は「活躍推進」という言葉に置き換えて使いたいと思っています。
データ活用によってもたらされるのは、工数削減ではなく、従業員の生み出す付加価値の最大化
―ニトリでは現在何名分の人事データを管理されているのですか?
永島:およそ5,300名分ですね。
―5,300名のデータを収集し、活用できる状態にするのは非常に労力がかかりそうですね。
永島:そうですね。データが集まるということは、必然的にそのデータを分析し、分析をもとに仮説を立て、人事施策を起案し実行する役割が必要になります。データが蓄積されればされるほど、これまで見えなかったことが、見えるようになってきます。その結果、「この人の配転には、このデータも考慮しなければ…」と考えることが増えていくので、人事としてやることはどんどん増えていきます。
―世の中の「データ活用」のイメージとは真逆の印象ですね。一般的には、システムを導入し、データが集まればどんどん自動化が進んで人事は楽になると思われていることが多いように思います。
永島:これは、これからタレントマネジメントシステムの導入や人事データ活用を考えている方に向けて、ぜひ伝えておきたい点です。テクノロジーは、自分たちが楽になるために導入するものではなく、お客様が楽になるために導入するものだと考えています。人事の場合、お客様は、社員や求職者ですよね。社員の体験を変えるために導入するのが、いわゆるHRテクノロジーだと定義しています。
もうひとつ付け加えると、データさえ集まれば、AIやロボットが勝手に何か答えを出してくれることを期待されて導入される方もいるそうですが、よほど簡単なことでない限り、そんなことはありません。データみて、考え、それを活かしていくのは、私たち人事の仕事です。
―データを活用しさえすれば、生産性を上げられる、と思っている方も多そうです。
永島:だからこそ明確に伝えたいのです。データ活用は、「人事の工数を削減することで人事の生産性を上げる」ための取り組みではなく、「人事データを活用して従業員一人ひとりのパフォーマンスを最大化することで、全社として生み出す付加価値をあげて生産性を上げる」ための取り組みと捉えなければなりません。だから、人事単体で考えると、タレントマネジメントシステムを活用しようと思えば、新たな業務が発生し、人事単体で考えると生産性はむしろ下がるくらいでいいと考えています。
その認識が間違っていると、せっかくタレントマネジメントシステムを導入し、人事データを活用できる基盤を整えても、間違った成果を期待してしまうことになります。タレントマネジメントシステムを導入した前後における、人事部門の労働量や生産性を測っても、タレントマネジメントシステム導入の成果を測ることはできません。
―タレントマネジメントシステムや人事データの活用を支えるのは、そのデータにもとづき従業員に向き合う、人事の地道な取り組みということですね。
永島:人事の仕事は、どこまでいっても地道ですが、その地道な取り組みのなかに想像力やクリエイティビティを発揮することが求められる仕事だと思います。
―人事の仕事におけるクリエイティビティとは、具体的にはどのようなものでしょうか?
永島: データ1つとっても、そのデータをどう読み解くかは、それを読み解く人事担当者によって異なります。収集したデータを、どういう軸で切り分けてみるか、そこからどのような仮説を導き出すか。仮説にもとづき、どういった人事施策に反映させるか。そういったことを考えるのが人事に必要なクリエイティビティではないかと思います。
例えば、ニトリでは最近外食事業を新たに開始しました。新規事業を立ち上げるにあたり、当然それを任せる人が必要です。誰に任せるかを考えるために、どのような切り口でデータをだせば適任者を見つけられるかを考えなければなりません。今までやったことのない事業なので、当然、「新規で外食事業を立ち上げるのに適任な人材」はいませんし、データが自動的に答えを教えてくれるわけでもない。
だからこそ人事は考えるのです。例えば「この能力と、この能力と、この経験があって、こういう社内評価がある人が近しいのではないだろうか」と。そういった仮説を立てることができれば、データを活用することで社内から適任を見つけることが可能になります。
このプロセスを、従来のような人事の「勘や経験」に頼って行った場合、どのようなことが起こるでしょうか?
「きっとあの人が適任に違いない」とパッと顔を思い浮かべられる範囲は社歴の長い人や自分の近くで働いている人など多くても500人くらいまでが限界だと思います。だからこそニトリの人事は、データの力を活用して、従業員5,300人のことをまるで顔なじみの存在のように理解し、「よし、この仕事はこの人に任せよう」と判断できることを目指しているのかもしれません。実際、私も経営からよく言われています。「人事が誰よりも従業員一人ひとりのことを知り、仕事を任せられるように」と。
人事は、企業としてロマンとビジョンを達成するために、「人」という観点で経営の一端を担う役割だと思います。
常に人材育成や組織づくりに対して意志を持ち、経営と対話できること。そのためにデータの力を活用できるようになることが、今後ますます求められるようになっていくのではないでしょうか。
まとめ
人事データは、決して人事の仕事を自動化したり、楽にしたりするものではない。しかし、企業全体の付加価値を上げてくれるものである。人事データだけではなく、データ活用を通じて従業員一人ひとりに向き合うことを大切にしている永島さんだからこその、お話を聞くことができました。データによって成果を生み出せるかどうかは、人事一人ひとりのクリエイティビティにかかっています。だからこそ、人事がデータを使うことで何を実現したいのかを常に考え、発信することが求められるのだと、あらためて考えさせられました。
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