「人的資本の情報開示」という言葉をご存知でしょうか。これは財務情報などと同様に、経営資源のひとつである「人的資本」について、その運用や社内の取り組みに関する情報を社外に情報開示することを意味しています。
人材不足や多様な価値観の広がりによって、企業における「人的資本」の価値が高まり、関心が集まっています。その人的資本に対して、企業がどのように取り組んでいるのかを開示するのが、「人的資本の情報開示」です。
欧米を中心に動きが活発化しており、今後日本でも義務化されるといわれている人的資本の情報開示ですが、いまだに認識すらしていない企業は少なくありません。
人的資本の情報開示は日本においてどのような受け止められ方をしているのか。今後どのように普及し、人材マネジメントはどう変わっていくのか。そして人事がやるべきこと、人事の仕事はどう変わるのか。株式会社ビズリーチ HRMOS WorkTech研究所所長の友部博教がお伝えします。
友部博教
株式会社ビズリーチ
HRMOS WorkTech 研究所所長
兼 人事本部タレントマネジメント室
ピープルアナリティクスグループ
マネージャー
2004年、東京大学大学院で博士号(情報理工学)を取得後、名古屋大学、産業技術総合研究所で、コンピューターサイエンス領域の学術研究に取り組む。その後、2008年より、東京大学で助教として研究・教育に携わる。2011年4月株式会社DeNA入社。アプリゲームやマーケティングの分析部署の統括を務め、人事領域ではPeople Analytics部門の立ち上げに携わる。2018年10月株式会社メルカリ入社。人材開発部門においてPeople Analyticsに関する施策を担当。その後、2019年11月に株式会社ビズリーチに入社し、HRMOS WorkTech 研究所所長と人事本部タレントマネジメント室ピープルアナリティクスグループ マネージャーを兼任。
HRMOS WorkTech研究所について
株式会社ビズリーチが運営するHRMOSは、2021年3月、WorkTechの活用や、未来の人財活用のあるべき姿を研究し、その情報を発信する研究所として、HRMOS WorkTech研究所を設立しました。
「Work Tech」とは、人事業務のDX実現を目指す従来の「HR Tech」をより大きな枠組みでとらえ、人事業務だけでなく、働く人を取り巻く業務すべてを対象にした「働き方のDX実現」を目指すテクノロジーを指します。働く環境の変化や、働き方の多様化が進むなかで、これからは、従来の「HRTech」だけではなく、働く人一人ひとりの変化に対応し、自律的な活躍を支えるテクノロジーである「WorkTech」の導入が求められると考えられます。
HRMOS WorkTech研究所では、Work Tech領域の調査・研究・開発・学術貢献など幅広い役割を担っており、働き方に対する価値観が多様化する現代において、日本のWorkTech推進を目指していきます。
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人的資本の情報開示とは何か
ーそもそも「人的資本」とは何を指しているのですか。
友部:シンプルに言えば人材のことですが、その人材を「資本」とみなす考え方を反映した呼び方です。
企業を経営するにあたり、人材は欠かせない存在。近年はその人材一人ひとりの可能性を最大限に引き出して、企業の競争力や価値向上につなげようとする動きが高まっていますよね。人材こそが企業にとって価値を生む資本、つまり「人的資本」という認識であると考えてもらうと良いと思います。
ーではなぜ、人的資本に関して情報開示をする動きが高まっているのでしょうか。
友部:主に投資家から、開示を求める声が強くなってきたためです。
企業経営に必要なのは、ヒト・モノ・カネとよく言います。このうち「モノ」や「カネ」については、以前より財務情報などにより開示されています。しかし「ヒト」については、あまり公開されていませんよね。
前述の通り、人材は企業にとって重要な資本。大手外資系IT企業のように、優秀な人材がいるからこそ価値が生まれる企業も増えてきました。投資家が企業価値や投資の可否を判断をするためには、有形資本だけではなく人的資本のような無形資本の情報も必要になってきたのです。
そのような理由から人的資本の情報開示をしようという流れになり、アメリカでも2020年に米国証券取引委員会(SEC)が人的資本に関する情報開示を義務化するなど、動きが活発化しました。
ー人的資本の情報開示に付随してよく耳にする、「ISO30414」とはどのようなものでしょうか。
友部:「ISO30414」とは、ISOが2018年2月にリリースした、ISOとしては初めての人材マネジメント基準です。内容はダイバーシティやリーダーシップ、採用や組織文化、離職率や定着率など、人的資本に関する幅広い領域を11カテゴリー58指標で定めています。
人的資本の情報をただ開示せよと言われても、具体的な指針がなければ企業にとってはどんな情報を公開すれば良いかがわかりませんよね。そこで2018年に、ガイドラインのひとつとしてISO30414が制定されたのです。
ISO30414 11カテゴリーと指標例
1.コンプライアンス・倫理
※ ISO 30414:2018 Human resource management — Guidelines for internal and external human capital reporting より作成
2.コスト
3.多様性
4.リーダーシップ
5.組織文化
6.組織の健全性・安全性・ウェルビーイング
7.生産性
8.採用・異動・離職
9.スキル・能力
10.サクセッションプラン
11.労働力
コラム:ISOとは? ISOとは、1947年に設立されたスイス・ジュネーヴに本部を置く非営利法人、国際標準化機構(International Organization for Standardization)のこと。日本を含む世界165カ国の標準化組織から構成され、国際的な標準である国際規格を制定しています。 国際規格は、国際的な取引をスムーズにするために、何らかの製品やサービスに関して「世界中で同じ品質、同じレベルのものを提供できるようにしましょう」という基準となります。例えばクレジットカードのサイズやネジの形、品質マネジメントシステムなどの規格が発行されています。 ※参考: https://www.jqa.jp/service_list/management/management_system/
日本での現状と今後の動き
ー人的資本の情報開示について、日本では現在どのような状況でしょうか。
友部:2021年6月に東京証券取引所が、上場企業に対するルールである企業統治指針「コーポレートガバナンス・コード」を改訂し、人的資本に関する情報開示項目が追加されました。
ただ実情としては、上場企業の経営層が気にし始めている段階です。具体的に開示する項目について言及したり、開示を始めたりしている企業はほぼありません。未上場企業に関しては、まだ意識もしていない状況だと思います。
ー今後の動きについてはどのような流れとなりそうですか。
友部:日本企業は海外の投資家を意識していますので、欧米の流れやグローバルの動向は無視できません。日本の市場だけ、人的資本の情報開示に対応しないというわけにはいかないでしょう。そのために現在は政府も本気で動き出していて、いずれ何らかの義務化がなされると思います。
一方でISO30414についても、指針となるガイドラインが発表されたものの、「認証」という仕組みは未だ存在しません。具体的にどんな数字を出せば良いのか、わからない項目もあります。日本でどのような情報の開示を義務化するかは、ISO30414とはまた別で決められることになるでしょう。
他にも、持続的な企業価値の向上と人的資本に関しては、経済産業省により「人材版伊藤レポート」として報告書にまとめられています。
人材戦略を経営戦略や事業戦略の一環と捉え、一貫性を持たせることの重要性について経済産業省の片岸氏にインタビューしたこちらの記事もぜひご一読ください。
【経済産業省/片岸氏】経営と人の戦略に一貫性を。変化に強い企業のあり方-前編-
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義務化された場合の人事と企業への影響は
ー人的資本の情報開示が義務化されると、特定の部署や企業全体には何が起こりますか。
友部:人的資源の情報開示は株主向けのものなので、開示をする主体としては経営企画です。しかし人材に関する業務は基本的に人事が担っており、自社の人材に関する情報を最も把握していますから、開示に向けて現場の人事も手を動かす必要があるでしょう。採用や育成などの人材マネジメント業務に加えて投資家のための情報を出すのは少し負担になるかもしれません。
一方で企業全体としては、単に株主向けの情報としてではなく、企業間の取引やパートナーシップを組む上でステークホルダーに提供する検討材料の一つとしてビジネス上でも使えるようになるでしょう。人的資本の情報開示がなされている透明性が社会からの信頼や関係構築につながることや、離職率があまりに高い企業を避けるなどのリスクヘッジも可能になります。
そのような使われ方が普及し、企業間でより透明性のある情報が求められるようになれば、東証に上場している企業以外でも情報開示をする流れが加速していくのではないでしょうか。
いずれにしても将来的に認証などの仕組みが整えられてくれば、企業がそれをとっているかどうかで、投資家に選ばれる未来になってくると思います。
次の記事では、人的資本の情報開示がなされる上で、人事・従業員・求職者にどのような影響があるかをお伝えします。
Visonalでもコーポレートサイトにて、ESGデータ集を公開しております。
こちらにて従業員に関するデータや、エンゲージメントサーベイの結果をぜひご確認ください。
※ESGとは、環境(E: Environment)、社会(S: Social)、ガバナンス(G: Governance)の英語の頭文字を合わせた言葉。企業が長期的に成長し続けるために取り組むべき3つの観点のこと。
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