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ナッジ理論は日常のさまざまなシーンで活用されており、ナッジ理論を用いると、強制することなく相手をよい方向に導くことができます。では、ナッジ理論とはどのような理論を指すのでしょうか。
本記事では、ナッジ理論の定義や身近で使用されている例や、人事分野での活用アイデアなどについてご説明します。
ナッジ理論とは?わかりやすく言うと
ナッジ理論は、アメリカの経済学者でシカゴ大学の教授であるリチャード・セイラーと、法学者キャス・サンスティーンらによる著書「Nudge: Improving Decisions About Health, Wealth, and Happiness(邦題:実践 行動経済学)」で示された理論です。
「経済的なインセンティブ(誘因)の大きな変化や、罰則やルールで行動を強制するのではなく、行動科学の知見に基づいた小さな工夫をベースに、人々の意思決定に影響を与えて望ましい行動変容を促すこと」がナッジ理論です。
ナッジ(nudge)とは「そっと突く」「軽く押す」「注意を引く」という意味を持つ単語であり、ナッジ理論をわかりやすく言うと「そっと後押しすることで、相手に自発的な行動を促す」手法と言い換えることができるでしょう。
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行動経済学との関連性
行動経済学とは、人間の意思決定の癖である認知バイアスや、感情などの非合理性を考慮に入れた現実的な人間像に基づき、経済や社会問題を分析する学問です。
行動経済学では、強制的な選択や行動をさせるのではなく、選択の自由を保障したうえで、望ましい方向にそっと後押しして導く手法や作戦などをナッジと表現します。
ナッジを提唱したリチャード・セイラーがノーベル経済学賞を受賞したことにより、行動経済学とナッジ理論は大きな注目を浴びることとなりました。
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伝統的経済学との違い
伝統的な経済学は、自己利益の追求のために合理的な判断のみを行う人間を想定し、理論を展開するものです。
しかしながら、実際の人間の行動を見ると、必ずしも合理的な判断をするわけではなく、ときには感情に左右された行動を取る場合や、誤った判断をしてしまうケースがあります。
そのため、合理的かつ利己的な意思決定を前提とした伝統的経済学の理論では、説明できないケースも少なくありません。
そこで、人間が非合理的な選択をする理由や理論を研究する、経済学の新領域ともいえる経済行動学が誕生したのです。経済行動学は、経済学と心理学を融合させた学問だといえます。
身近なナッジ理論の例
ナッジ理論は、すでに社会のさまざまなシーンで取り入れられています。身近なナッジ理論の例をご紹介します。
レジ待ちの足跡ステッカー
スーパーやコンビニエンスストアなどでレジ待ちをする際、床に貼られている足跡のステッカーを目にした記憶がある方も多いのではないでしょうか。
足跡があることで、人は足跡に沿って自然に列を作って並ぶようになります。この足跡ステッカーは、強制することなく、待つ人の列を整えるナッジ理論が活用されています。
トイレの張り紙
トイレに行ったときに「いつもきれいに使っていただきありがとうございます」といった張り紙が掲示されているケースがあります。
これには利用者のモラルに訴えかけることで、トイレをきれいに使用するように促す狙いがあります。
階段の利用を促進するカロリー表示
駅や商業施設などの階段に「ここまで上ると○○カロリーの消費」や「○○階まであと○段」といった表示をすることで、階段を上るという健康的な行動を促進するケースがあります。
これもカロリーという具体的な数値を示すことで、行動変容を促すナッジ理論の活用です。
コンビニエンスストアの商品陳列方法
コンビニエンスストアの食品売り場で、購入してほしい商品を手に取りやすい位置や目の高さに陳列すると、購入率が高まります。
そのため、オフィスビル内にあるコンビニエンスストアなどで、塩分の含有量が少ない食品を手に取りやすい位置に陳列すると、近隣で働く人たちに健康的な食生活を促すことができます。
ビジネスにおけるナッジ理論の活用方法
ナッジ理論は、ビジネスシーンにおいても活用できるものです。具体的なナッジ理論の活用例を5つご紹介します。
売上ランキングを表示する
店舗やオンラインショッピングのサイトなどに、売上ランキングが表示されているケースが多くあります。
これは、ランキングを表示させることで「多くの人が購入しているものであれば、よいものなのでは」と思う人間の心理を利用し、商品の購入意欲を高める取り組みです。
購入額に応じたポイントや特典の付与
購入額に応じてポイントを付与し、ポイントを次回の割引などに利用できる仕組みも、ナッジ理論を活用したものです。
また「あと○○円の購入で会員ランクが昇格します」「あと○○円の購入で送料が無料になります」といった特典も、ナッジ理論の活用による売上アップを目指す施策にあたります。
「期間限定」や「残りわずか」の表示
オンラインショッピングサイトや広告などに「期間限定」や「残りわずか」といった表示を行うと、消費者に今すぐ行動をしなければならないと感じさせ、購入意欲を高めます。
リマインダーの送信
美容室や歯科医院などが、予約を入れた客にSMSでリマインダーを送信し、予定通りの来店や来院を促す行為も、キャンセルを抑えるためにナッジ理論を活用した事例です。
また、タスクの期日などについてリマインダーを送信し、タスクへの取り組みを促すことも、ナッジ理論の活用になるでしょう。
営業における松竹梅の法則
価格が異なる3つの選択肢を提示し、中間の選択肢を選ばせるように誘導するセールス手法を、松竹梅の法則といいます。
最も高いものや安いものは避けたいという顧客の心理を利用し、売りたい商品やプランなどを中間の選択肢にするこの法則も、ナッジ理論を活用したものです。
ナッジ理論の4つの基本要素「EAST」
ナッジ理論を実践する際には「EAST」と呼ばれるフレームワークを用いるケースが多くなっています。
EASTとは、イギリスの内閣府内組織として期間限定で設立されたBIT(The Behavioral Insights Team)によって開発されたフレームワークです。
「Easy」「Attractive」「Social」「Timely」の4つの要素をポイントにすることで、想定するシーンに合わせ、簡単にナッジの手法を生み出すことができます。
Easy(簡単):行動のハードルを下げる
ナッジ理論を利用する際は、選択や行動の障害となりうる面倒な要素や複雑な手続きなどを取り除き、わかりやすいメッセージで、簡単に利用できるようにすることが大切です。
例えば、Webサイトの会員登録時に入力する項目を最小に抑えれば、利用者は煩わしい登録作業のハードルが下がるでしょう。
また、仕事中のランチなど、限られた時間内で食べるものを決めなければならない状況もあるでしょう。
健康面を考慮したい場合、主菜・副菜・主食がセットの、栄養バランスが整ったおすすめメニューがあれば簡単に選べるため、来店行動のハードルを下げる効果があります。
さらに、メールマガジンによるマーケティング施策を実施する際にも、配信希望をデフォルトに設定して「チェックを入れる」という行動を簡略化すると、購読者の増加が期待できます。
Attractive(魅力的):魅力的な選択肢を提示
行動を促すためには、相手にとって魅力的な選択肢やインセンティブの提示も必要です。
注目を集めやすいようビジュアル面を工夫したり、取り組むことで得られるメリットを提示したりします。
また「人は得ることよりも失う痛みを回避したい」という心理傾向も利用するとよいでしょう。
何らかのサービスを提供する場合、今なら初月無料で利用できるキャンペーンなどは、利用を検討する人にとって魅力的な選択肢になるはずです。
ポイントの付与や会員ランクの設定なども「Attractive」に該当する施策です。
また、瓶など再利用できる容器を使用したものを販売する際には、あらかじめ容器代を含めた価格に設定すると、失う痛みを回避するため、容器の回収率を高められます。
Social(社会的):周囲の影響力を活用
周囲の状況や社会性に訴えかけるなど、人の社会性に働きかけることです。
人は周囲の行動に影響を受けやすいため、社会規範や多数派の行動の提示などによって、社会を構成する1人として取るべき行動を意識させます。
イギリスでは、税金の未納者に対して「○○市では10人中9人が期日内に税金を支払っています。あなた以外のほとんどの人は、すでに納付しています」というメッセージを記載した文書を送付したところ、納付率が高まったという事例があります。
また、売上ランキングの表示や商品レビューなども、周囲の状況と合わせたいという社会的帰属意識を利用した手法だといえるでしょう。
Timely(タイミング):適切なタイミングでの働きかけ
行動変容を受け入れやすいタイミングで働きかけることです。
ニーズが高まるタイミングに合わせた内容の提示や、行動につながるような計画策定の支援などが含まれます。
具体的には、契約の更新が必要なタイミングに合わせて行う継続キャンペーンの実施、社会人になったタイミングや結婚のタイミングに合わせた生命保険の提案などが該当します。
また、ニキビを改善する製品を10代から20代に提案する、ひざの痛みなどを和らげる製品を60代や70代に提案するといった行為も、年代ごとの悩みに合わせた適切なタイミングでの働きかけといえます。
ナッジ理論の注意点と課題
ナッジ理論は身近な場所に取り入れられている事例が多く、ビジネスのさまざまなシーンでも活用できるものです。
しかしながら、ナッジ理論を活用する際には、次のような点に十分注意しなければなりません。
倫理的配慮の重要性
ナッジ理論は、少しの後押しをするだけで人々の行動を変えることができる手法です。したがって、ナッジ理論を活用する際には、基本的な人権や個人の自由意思を尊重することを忘れてはいけません。
認知バイアスや人の行動特性などについての知識を利用すると、ナッジ理論を悪用し、望ましくない方向に導くこともできてしまいます。
ナッジ理論を活用する際には悪用することのないよう、個人が高い倫理性を持って対応すると同時に、組織として悪用を阻むような取り組みを実施することも重要です。
ナッジの効果測定と改善
ナッジ理論を活用した施策を実施する際には、施策によってどの程度の効果を得られたのか、検証を重ねる必要があります。
ナッジの効果測定には、AパターンとBパターンで効果の違いを測定するA/Bテストや、モニタリングなどを実施するとよいでしょう。テストによって最も効果を得られる施策を選びながら、改善を行い、PDCAを回していくことが重要です。
効果測定と改善を繰り返すことで、より精度が高まるため、自然な行動変容を促せるようになるでしょう。
スラッジへの注意
「スラッジ」とは、選択の自由を与えず、本人にとって望ましくない方向に誘導する悪質なナッジのことです。
例えば、契約は簡単に行えるものの解約の手続きを複雑にし、解約しにくい状況にする状態や、デフォルトで有料オプションが付加されている状態などは、スラッジとなっている可能性があります。
スラッジは事業者側の利益を優先するものです。
意図せずしてスラッジになっている場合であっても、スラッジに陥った場合、顧客からの信頼を失うリスクがあります。ナッジ理論を活用した施策を実施する際には、顧客の視点に立った施策を検討することが重要です。
ナッジ理論を人事分野で活用する方法
ナッジ理論は人事分野でも活用が可能です。人事分野での活用方法をご紹介します。
採用プロセスの最適化
応募プロセスが複雑な場合、必要事項の入力項目が多く、応募までのハードルが高くなります。
しかし、必要最低限の応募フォームを利用すれば、求職者の途中離脱を防ぐことができ、応募者の数が増える可能性があります。
従業員の健康と福利厚生
健康診断を申し込む際、オプションが多数あると、どれを選べばよいか分からず面倒と感じる受診者も多いでしょう。
このような場合はデフォルトでオプションにチェックが入っている状態にすると、受診者の選択が簡単になり、受診率が向上する可能性があります。また、健康診断の受診率を高めるためにリマインダーを送付する方法も有効でしょう。
その他、ビュッフェ形式の社員食堂では野菜から選ぶようなレイアウトの採用や、社内に設置している自動販売機などで健康に配慮した食品や飲料を目立たせると、従業員の健康を食生活の面からサポートできます。
研修への参加促進による効果的な人材育成
ナッジ理論を活用すると、人材育成のために実施している研修への参加率も高められます。
従来のように研修に参加する人が申し込みを行うスタイルではなく、デフォルトで参加する設定にしておくと、欠席する場合に連絡をしなければなりません。
はじめから出席することが前提になっていれば、従業員は「出席しなければならない重要な内容の研修だ」と認識するでしょう。
また、欠席の場合に手間がかかるという心理的な負担も影響し、出席率の向上が期待できます。
チームパフォーマンスの向上
ナッジ理論はチームパフォーマンスの向上にも役立ちます。
成果や評価をリーダーから定期的にフィードバックすると、メンバーは自分の行動が適切なものであったかを判断することができます。
また、業務に対するモチベーションも高まり、よりよい成果を上げるため、さらなる工夫を行うようになるでしょう。
各メンバーに定期的にフィードバックを与え、望ましい方向に誘導すると、チーム全体のパフォーマンスの向上が期待できます。
【関連記事】メンバーのモチベーションを上げる!正しいフィードバックの仕方とは
ナッジ理論を応用したタレントマネジメントシステム
タレントマネジメントシステムとは、従業員の属性やスキル、経験などの情報をデータ化し、一元管理できるシステムです。
従業員のあらゆる情報の管理ができるため、従業員一人一人の能力や適性に合わせた人材配置や、人材育成プランの策定をサポートすることができます。
つまり、従業員のスキルや目標などを分析し、一人一人に適したキャリア開発プログラムを提案できるようになるのです。
目指すキャリアを実現するために必要な研修や学習などを、従業員自身が選択する必要がないため、より手軽に成長に必要な学びを得ることができます。
また、タレントマネジメントシステムでは、従業員のエンゲージメントや組織の課題を発見できるアンケートやサーベイを実施することも可能です。
これにより、退職のリスクが高い従業員を早いタイミングで抽出することもできます。
悩みや不満、不安を把握するための面談などを行い、必要に応じて配置転換などを実施すると、退職リスクを早期に回避できる可能性もあるでしょう。
そのほか、タレントマネジメントシステムにはリーダー候補となり得る人材を発見する機能、目標評価の入力を促すリマインダー機能など、ナッジ理論を応用した機能が多数付加されており、組織の持続的な成長に役立ちます。
【関連記事】
タレントマネジメントとは?目的、システム導入や比較・活用方法
まとめ
人は、どのようなシーンにおいても正しいものを合理的な判断で選択できるわけではなく、感情や状況に応じ、非合理的な選択をする場合があります。
ナッジ理論とは、人の行動特性や認知バイアスなどを活用し、強制することなく相手をよい方向に導く手法です。ナッジ理論は身近でもさまざまなシーンに活用されており、ビジネスシーンでも活用できます。
しかしながら、自分にとっての望ましい方向が、相手にとっての望ましい方向であるとは限りません。ナッジ理論を活用する際にはスラッジになることがないよう、十分な配慮が必要です。
ナッジ理論を取り入れ、個人に合わせた効果的な人材育成を
ナッジ理論を活用し、従業員の成長を後押しするためには、従業員のスキルや考え、パフォーマンスの状況などを正確に把握する必要があります。
HRMOSタレントマネジメントは、従業員のスキルや経験を一元管理できるシステムです。スキルだけでなく、目標や目標達成度の管理機能、個人のコンディションやエンゲージメントを調べるサーベイ機能もあり、一人一人に合わせたフィードバックや研修プログラムの提案などをしやすくなります。
ナッジ理論を活用した人材育成をお考えの際には、より効率よく、精度の高い人材育成を実現するHRMOSタレントマネジメントのご利用もご検討ください。