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近年、注目されている「ワーク・エンゲージメント」。やりがいや誇りを持って働ける状態は、従業員一人一人の心身の健康を支えるだけでなく、企業の生産性や定着率にも直結する重要な要素です。
従業員が仕事に対して熱意を持ち、主体的に取り組んでいる状態を指し、多くの研究が進められています。
一方で、ワーク・エンゲージメントは個人の資質やモチベーション次第と捉えられているケースも少なくありません。ワーク・エンゲージメントは、組織としてどのような環境や支援を整えるかによって、その水準は大きく左右されます。
本記事では、組織心理学の知見をもとに、就労者のワーク・エンゲージメントを高めるための方略を研究している小林先生に話を伺いました。
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プロフィール
小林 百雲子
佐賀大学准教授、心理学博士、公認心理師、臨床心理士
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ワーク・エンゲージメントとは?働きがいが注目される理由
── ワーク・エンゲージメントと似た言葉に「従業員満足」や「モチベーション」などがありますが、それぞれどのような違いがあるのでしょうか。
ワーク・エンゲージメントは、仕事に対するポジティブな感情と認知であり、活力や熱意を持って前向きに取り組んでいる状態を指します。
ワーク・エンゲージメントは「仕事そのもの」を対象としている一方で、モチベーションは報酬や評価といった外的要因にも影響を受ける点で異なります。職務満足度は「現在の仕事内容や職場環境『に対して』満足しているか」といった、仕事に対する特定の感情や認知を表すものですが、ワーク・エンゲージメントは「仕事をしているとき」の熱意や高いパフォーマンス(活力・没頭)も含む概念です。
つまり、ワーク・エンゲージメントはより内発的で、自ら進んで仕事に取り組もうとする意欲や姿勢を表します。
── ワーク・エンゲージメントが高いことで、組織や個人にはどのようなメリットがありますか。
ワーク・エンゲージメントが高い従業員は、仕事に前向きに取り組み、パフォーマンスの向上が期待できるだけでなく、心身の健康にもよい影響があるとされています。
また、職場や組織へのコミットメントや貢献意欲の向上、離職率の低下にもつながることが、国内外の研究で明らかにされています。
このように、個人の働きがいの向上が組織全体の生産性を押し上げる好循環につながっていきます。そのため、ワーク・エンゲージメントは、従業員と組織の双方にとって大きなメリットをもたらす重要な概念といえるでしょう。
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働きがいは個人任せではない。組織として取り組むべき理由
── ワーク・エンゲージメントは、個人だけでなく組織としても取り組むべきと聞きます。その理由について教えてください。
ワーク・エンゲージメントを説明する代表的な理論に「JD-Rモデル(Job Demands-Resourcesモデル)」があります。このモデルでは、エンゲージメントを左右する要素として、以下の3つが挙げられています。
- 個人の資源(自己肯定感やレジリエンスなど)
- 仕事の資源(上司や同僚のサポート、仕事の裁量や意義、成長の機会など)
- 仕事の要求度(仕事の負担)
とくに仕事の資源や仕事の要求度の側面は、組織が適切なサポートや制度を整備し、職場風土を改善していく必要があります。たとえ個人の資源が高くても、組織文化や上司との関係性に問題があれば、エンゲージメントは高まりません。
個人が仕事に意味づけをしたり、主体性をもつ努力をすることも必要ですが、働きがいを個人の努力や気合いだけに頼るのではなく、組織全体で支援する姿勢が不可欠です。
── 組織がワーク・エンゲージメントの向上に取り組むようになった背景について、社会的な流れも含めて教えていただけますか?
ワーク・エンゲージメントが注目されるようになったのは、ここ10年ほどのことです。背景には、働き方や価値観の多様化があると考えています。
従来のような「安定した雇用」や「高収入」といった外的報酬だけでなく、現在は「自己成長」や「社会貢献」など、内的な価値を求める傾向が強まっています。
このような価値観の変化にともない、組織側も人材マネジメントのあり方を見直す動きが進んでいます。「人的資本経営」や「健康経営」などの考え方が広がり、人をコストではなく資源として捉える視点が主流になりつつあります。従業員のウェルビーイングを重視する姿勢は、いまや経営戦略の一環とされています。人材の確保、定着、育成の面でもワーク・エンゲージメント向上に取り組むことが重要です。
こうした取り組みは、社内外のステークホルダーに対してもポジティブなメッセージとなるでしょう。企業全体の信頼性やブランド価値の向上にもつながり、とくに人事部門が社内で施策を進める際には、経営層への説得材料としても有効です。
また、VUCA時代と呼ばれるように、将来の見通しが難しく変化が激しい今の社会では、従業員一人一人が自律的かつ柔軟に仕事に取り組む力が求められます。
その前提となるのが、働きがいや充実感を持てる職場づくりです。ワーク・エンゲージメントの向上は、組織の競争力を高めるためにも不可欠な要素になります。
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ワーク・エンゲージメントを高めるために。働きがいを高める組織づくり
── ワーク・エンゲージメントの高い組織には、どのような共通点がありますか。
企業からの相談事例を振り返ると、ワーク・エンゲージメントが高い組織には、主に2つの共通点が見られます。
1つ目は、「仕事の資源」が豊富であること。ここでいう資源とは金銭的報酬だけでなく、信頼関係や挑戦を後押しする文化、キャリア支援といった非金銭的なサポートも含まれます。
2つ目は、上下関係にとらわれず意見を言いやすい風通しのよさ。従業員が安心して自分の意見やアイデア、懸念事項などを表出できる心理的安全性が高い職場では、従業員が仕事に積極的に関与でき、エンゲージメントを高めます。
これらの組織の特徴は、企業規模や年収の大小に左右されません。企業規模が小さくても、その分意思決定が早く、組織文化として定着しやすいというメリットもあります。
年功序列やトップダウン型の文化が残る企業では、変革に時間がかかるケースもあります。世代間の価値観の違いが障壁となることもあるため、組織風土そのものを見直す姿勢が求められます。
── 人事として取り組める具体的な施策には、どのようなものがありますか。
人事部門がワーク・エンゲージメント向上に取り組むには、まずその重要性を社内に共有することがおすすめです。「なぜ必要なのか」「どのようなメリットがあるのか」を伝え、共通認識を築く必要があります。
従業員の声を拾い、双方向のコミュニケーションを行うことも重要です。部署ごとの傾向を調査・分析し、結果をフィードバックすることも有効でしょう。調査結果をもとに、人事施策の改善につなげることもできます。
具体的な施策としては、リーダーシップ研修やストレスマネジメント、ジョブ・クラフティング(仕事の再設計)の導入などが挙げられます。こうした取り組みも、既存のマニュアルや仕組み、外部資源を活用すれば人事部門だけで運用可能なケースが多くあります。
また、評価制度の見直しやキャリア支援、成長実感を得られる環境づくりなど、制度面の整備もワーク・エンゲージメント向上には欠かせません。
── 実行にあたっての優先順位は、どのように考えればよいでしょうか。
最優先は「現状把握」です。何が課題なのかを明確にするためには、ワーク・エンゲージメント調査の実施が欠かせません。ストレスチェックを導入している企業でも、ワーク・エンゲージメントの実態を把握できていないケースは少なくありません。
調査を行うこと自体が、従業員に対して「働きがいを大切にしている」というメッセージにもなります。設問数が多いと負担に感じる社員もいるかもしれませんが、それでも最初の一歩として現状を知ることは、次につながる大切なアクションです。
働きがいを文化に。ワーク・エンゲージメントを根づかせるために組織としてできること
── ワーク・エンゲージメント向上における、管理職の役割とはどのようなものですか。
ワーク・エンゲージメントを高めるには、管理職が果たす役割は極めて重要です。管理職がメンバーの挑戦を支え、必要な時にはサポートする姿勢は、職場の心理的安全性の構築やメンバ-の働きがいに大きな影響を与えます。
近年注目されているのが「セキュアベース・リーダーシップ」です。安心感を与えつつ、部下の成長を後押しする存在が、今求められるリーダー像として期待されます。
求められる資質には、開放性(いつでも話せる)・傾聴力・適切なフィードバック・冷静さ(感情の自己制御)・一人一人を尊重する姿勢などが挙げられます。こうしたスキルを備えたリーダーが、エンゲージメントの土台をつくります。
管理職自身のエンゲージメントの高さが部下のエンゲージメントを促進することも、多くの研究で明らかにされています。
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── 管理職のエンゲージメント向上を支援するために、おすすめのアプローチはありますか。
スキルの習得だけでなく「なぜそれが必要なのか」という背景理解を深める研修が効果的です。たとえば1on1面談では、制度の枠組みだけでなく、対話の意義を上司・部下の双方に伝えることが求められます。
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リーダー向けのアプローチとして、部下との関係構築に役立つ傾聴やアサーションスキル、感情コントロールや自己理解を促進するための認知行動療法などを応用したストレスマネジメント力の促進が有用だと考えます。
私たちの研究でも、これらのスキルを身につけることを目的とした「パワハラを防ぎ、部下の活力を引き出すリーダー術―部下との関係を改善し、いきいきとした職場をつくるための、組織開発プログラム―」を開発し、その効果性を検証しました。
リーダーの力はメンバーや組織を活気づけるための大切な資源です。また、現代の管理職は多様な価値観に向き合わなければならないため、無自覚のうちにストレスを抱えることもあります。管理職自身の自己管理力やセルフケア力を高める支援や仕組みは、今後いっそう必要とされるはずです。
── 近年サーベイを導入する企業が増えていますが、データの分析・改善までできている企業は少ない印象です。ワーク・エンゲージメント施策を継続的に取り組むには、どのような工夫をする必要がありますか。
サーベイを効果的に活用するには、いくつかの工夫が必要です。まず、「調査での回答内容は個人の評価に影響せず、職場環境などの改善のために行う」という目的を明確に伝えること。安心して回答できる環境づくりが前提です。目的に応じた設問設計も欠かせません。
結果はグラフなどで可視化し、人事部門だけでなく各部門と共有しましょう。関係者で改善策を考えるプロセスが、組織の納得感や一体感につながります。
効果は定期的に測定し、経営層に報告することで、組織全体への浸透も促進されます。成功事例は全社で共有し、他部署への広がりをつくることも大切です。
成果が見えるまでには時間がかかるものです。継続して社内で発信し続け、経営層の理解と支援を得ながら、取り組みを文化として根づかせていくことが求められるでしょう。
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―― 最後に、働きがい支援やワーク・エンゲージメント向上に取り組む人事の方にメッセージをお願いします。
働きがい支援は「従業員のためだけでなく組織全体の利益にもつながる」と確信を持って取り組むことが重要です。
研修の導入に否定的な反応があったり、多忙な現場で協力を得づらかったりすることもあるでしょう。だからこそ、人事部門が旗を振り続ける姿勢が、少しずつ理解者や協力者を増やすきっかけになると信じています。
また、私が所属する佐賀大学ウェルビーイング創造センターリカレント教育部門では、企業ニーズに応じたオーダーメイド型プログラムを行っています。このような大学・研究者との連携も、ぜひ気軽に活用していただけると幸いです。
本記事が、読者のみなさまの取り組みにとって、少しでも参考になれば幸いです。